2022年7月2日土曜日

吊り紐

膝が痛くなって、思ったのが、蹴ろくろから立ち上がる時と座るときに負担がかかるということです。そこで考えました。少しでも無理しないために吊り紐をつけることを。ろくろの上から紐をぶら下げることにしました。切れたら危ないので、農作業用の丈夫な紐です。これで安心と思って、体重をかけると、突然縛っていた木の角棒が抜けて尻餅をついてしまいました。危うく怪我をするところでしたが、幸いにもどこも痛めてないようです。そこでドリルでネジ留めすることにしました。ところが今度は作業中に目が回りそうになって、バランスを崩して危うく倒れるところでした。今朝から何度かバランスを崩したのです。どうも肩が凝って、頸動脈を圧迫して、三半規管に異常をきたしたようです。息子は脳梗塞を心配したのですが。嫌ですねえ。歳をとると。あっちこっちがたがきて。若い頃のようになることはないでしょうから、いかにして、衰えと付き合ってゆくかでしょうか。慌てず焦らず諦めずに。 

2022年7月1日金曜日

常備薬

 我が家に欠かせないのが、万能の和方練り薬です。体のどこかに異変が起きるとすぐに登場します。水で生卵ぐらいの硬さに練って手ぬぐいに塗り広げます。裏の面を患部に当てて新聞紙を裏から添えて密着させます。しばらくすると、炎症があるところが熱くなります。熱くなったら、異変がわかるという仕組みです。臭いからすると主な成分はヨモギの粉末ではないかとお思いますが、他に色々な薬草を混ぜているようです。熱が出た時、足を捻挫した時、どこかが痛い時など必ず出動です。昔、足を捻挫して引きずっていたら。画家の息子の友人が、キューレイコン張ってる?と言われたことがありました。知る人ぞ知る名薬だと思っています。昨日も痛くなった膝に貼って寝ました。するとすぐに火のように熱くなって、患部が悪くなっていることを教えてくれました。朝起きると、熱が引いて、薬がカラカラに乾いていました。今朝は散歩にも行くことができました。昨日に比べるとだいぶ楽になりました。これから無理をしないように気をつけたいと思っています。

2022年6月30日木曜日

 どうやら復活したようです。膝の痛み。サポーターをつけるようになって、ほとんど気にならなくなったのです。ところが、この暑さ。もう大丈夫かなと外してしまったのがよくなかったのでしょうか。息子は、そろそろ蹴ろくろは卒業したらと言います。電動の方が膝関節への負担が軽いだろうということで。でも痛むのは右。ろくろを蹴るのは左です。それに古傷があったのも左。訳がわかりません。今朝の散歩は足を引きずるような歩き方。早速サポーターを引っ張り出しました。今回は右足だけ。夏でも暑くないようなサポーターを探そうかと思っています。

2022年6月29日水曜日

タイカレー

 昨日はカミさんが出かけていたので、昼は勝手に食べることにしました。食卓を見ると息子が缶詰を開けていました。めずらしいなあというと、この前、自分で買ってきたカレーの缶詰とのこと。グリーンカレーとあります。まだあるよというので早速食べてみました。冷たいまま炊飯器からよそったご飯の上にかけます。真っ赤な唐辛子が見えました。葉っぱのようなものも。口に入れるとまず、甘い、次にスパイシー。それから強い香り。食べてゆくと汗が出てきます。とこどき喉に刺激がきて、なかなか異国感あって、病みつきになりそう。いくらしたのか聞くと、1缶180円とか。よそでは100円ぐらいで売ってるところもあるようですが。レッドやイエローなどいろいろなバリエーションがあるとか。中に入っていた葉っぱは最近工房の庭に植えているのと同じものだそうです。そういえば。近頃見かけない苗があっちこっちに植えられています。我が家はトロピカルスパイシーガーデンに生まれ変わりそうです。

2022年6月28日火曜日

ホトトギス

キョキョキョキョキョ。工房の外で鳴き声がします。夏ですねえ。てっぺんかけたかあとか、とうきょうとっきょきょかきょくとか独特の鳴き声です。生態も変わっているようです。下村良之助さんという日本画家。多彩な方で焼物も作ります。画家ですから窯を持ってません。そこで、友人の陶芸家の窯で焼いてもらいます。ご自分の焼き物をホトトギス焼と名付けました。ホトトギスは卵を他の鳥の巣に産み付けて、孵化させるという習性からつけたようです。ホトトギスは鳥の名前でもありますが草花にも同じ名のものがあります。なぜか我が家では庭中にひろがっています。工房の休憩室の前にも群落が。昨日、草を取りながら、ホトトギス、夏だなあと思いました。

2022年6月27日月曜日

荒刈り

 昨日、次男の伸びた髪を切りました。いつもはカミさんがハサミで切るのですが、最近は動いてなかなかこちらの思うように切らせてくれません。そこで思い切ってバリカンでガーっと刈ってしまいました。あっちこっち、ピンピン刈り残してましたが、まあ暑苦しさだけは間逃れたようでした。今日は朝から庭の草刈り。家の入り口からハウスと畑の横。最後は工房の周りです、半年あまり、放置してましたから、足を踏み入れるのも大変。だいぶすっきりはしましたが、如何せん荒刈り。あっちこっち刈り残しが目立ちます。木の枝も伸び放題でまだまだ荒れた感じは否めません。それでも少しはすっきりして、だいぶ暑苦しさはなくなってきました。こっちの体は、脱水気味でぐったりですが。梅雨も明けてまさに夏到来。これからは暑さとの戦いです。

2022年6月26日日曜日

青春。青には未熟とか哀しみというような意味合いが込められるようです。誰でもが通り過ぎる悩みの時代。絵画の世界ではピカソの青の時代を代表するように。フェルメールの「真珠の首飾りの少女」「ミルクを注ぐ女」の絵にも青い布が画面の大切な役割を務めています。決して裕福ではない働く女たちの身に纏われて。日本の画家では海老原ブルーと呼ばれた喜之助の青。偶然、息子さんと知り合いになってお付き合いいただきました。母親がフランスの方で、目が青かったのが印象的でした。不思議ですが絵の中に青が入ると、心のひだのようなものが加わる気がしてなりません。藤島武二の扇を持った女性の絵には顔の影の部分に青が使われています。この女性の表情に深みを与えている印象を受けました。昔、芸大の藤島教室で学んだ斑目秀夫さんという画家がおりました。桜島の絵ばかり描いた画家でした。ある個展で最終日の閉廊間際に飛び込んだことがありました。ほとんどの作品が売約済みになっていたのですが、残された絵の中で一枚、惹きつけられた絵がありました。それは「島津雨」を描いたものでした。島津雨とは、無念の涙雨のことでしょうか。幕末の西南戦争が思い出されます。青くけぶった桜島。今も我が家の壁にひっそりとかかっています。

追伸

ネットで調べましたら、島津雨の意味が真逆でした。初代の殿様が雨の中で生まれたということから、「吉兆」を表す言葉のようです。完全に思い違いをしていました。だって「雨は降る降ーる人馬は濡れーる 越ーすに越ーされぬ田原坂」という歌がありますから。

追追伸

田原坂の戦いを調べてみましたら、どうも、歌は官軍側からの歌のようです。薩摩人として勝手に反対に考えていました。守る薩摩軍、攻める官軍。しかし、雨で旧式銃の薩軍は弾が発射できず形勢逆転。あとはご存知のような結末が待っているようです。まるで昨日の巨人対ヤクルトの戦いみたいです。このまま、坂を転がり落ちないことを願っています。

2022年6月25日土曜日

徒然

六月もやがて終わり。昨日は月に一度の棚卸しでした。お土産やさんとホテルへ。さすが、閑散期。張り切って、準備したのに、器を置く空間がありませんでした。買い物でスーパーへ。さくらんぼは農協系にだけ置いていました。例年はアメリカンチェリーと並んでいたのですが、円安の影響でしょうか。わかりました。昨日届いた版画、チェリーがモチーフではありませんでした。さくらんぼ。昨日のネットニュースではハワイに賑わいが戻ってきたとか。屋久島にもそのうち以前のような日が訪れるのでしょうか。 

2022年6月24日金曜日

さくらんぼ

 今が旬。昔はよく、おすそ分けにいただきましたが、近ごろ、とんとお目にかかりません。ところが、昨日、届いたのです。生ではありませんが。版画です。この絵には、実はちょっとした縁があります。大昔、絵を描いていた頃、ある週刊誌で見たのです。美術評論家の瀬川慎一さんが、毎週一枚の絵を紹介するというシリーズでした。あの時、ものすごく印象に残った絵でした。まさか、手元にやってくるとは。だいぶ痛みが激しくシミだらけではありますが。おそらく、コレクションしていた人が亡くなって、物置に中にでも放り込んでいたものが処分されたのでしょう。裏書きを読むと、制作の途中で職人が辞めてしまったり、作家がなくなってしまったりと、紆余曲折の末になんとか完成したとあります。つまり、遺作といっても良いものでしょうか。孔版画。5/60とあります。作者は、福井良之助さんです。

2022年6月23日木曜日

夏至

 どうやら夏至も過ぎたようです。昨日は奄美地方が梅雨明け。ここも恐らくこれから夏本番。北方の国では、夏至にはお祝いをするようです。日照が少ないから余計ありがたく感じるのでしょうか。今朝の散歩では、汗がダラダラ流れてきました。急に空気が変わった気がします。夏の屋久島。いろいろ思い出します。あまり良い思い出は残っていませんが。なんとか、頑張って乗り切ってゆきましょう。

2022年6月22日水曜日

版画

 版画が好きです。もちろん絵も大好きですが。ただ、絵には制作者の思いがあまりにも強くこもって、こちらの心に重すぎると感じることがあります。版画には刷りという工程が必要です。作者自身が行う場合もありますが、職人さんや版画の工房で行われる場合もあります。その工程が入ることによって、作品が客体化されるように思います。焼き物の窯の工程と似ているように思うのです。生な感じが薄れるというか。手跡を残しすぎない。案外、表現の大切な要素の一つかもしれません。

2022年6月21日火曜日

画像

 昨日、昼食後工房に戻るとお客さんが待っていて、携帯で誰かとお話中。電話を終えると、注文したい器があるとのことです。大阪で焼肉店を営んでいて、ユッケを盛るお皿が欲しいと。青とエメラルドグリーンで。色々希望を聞いて、急ぐというので、見送りましたが。あとから、どうしてここにきたのかが不思議になりました。おそらく、ネットで何かの画像を見たのでしょうか。もう一つ、昨日メールが届きました。先日買ってもらって、送った器の画像です。貫入が気になってしまったようでした。早速、説明のメールを送りましたが。今の時代、スマホで簡単に画像を送ることができます。中には、頼まれたと言って、作品の動画を写しながら遠くの人と話をしている人もいます。車でつくと、早速あっちこっちを撮影している人も多く見かけます。まさにスマホ時代。この先一体どうなってしまうのでしょうか。

2022年6月20日月曜日

青が好き

七月十三日から、大阪の阪急梅田店でミニ展示を行います。小さなコーナーですが、普段は屋久島でしかお手に取っていただくことのできない器をお見せできます。テーマは「青が好き」。当工房の新作が並びます。前回の「九州物産の会 」のような大きなイベントではありません。店舗の片隅でひっそり器を並べさせていただくことになると思います。小さな箸置きも用意いたします。屋久島で育った地杉に自作のタイルをはめ込んだ可愛いプレートも何点か出せると思います。木工は専門外で拙い出来ですが、慣れない仕事に悪戦苦闘しました。カミさんに頼んでアンティークのビーズをつけた革ひもで壁にブラ下げることもできます。部屋のインテリアになると思います。島の小さな工房で毎日制作しているごく普通の器たちですが、お近くの方は足を運んでいただければ幸いです。期間は七月十三日から二十六日までの二週間。場所は阪急梅田店の食器売り場になります。期日が近づきましたら、また詳しいことをお知らせいたします。

2022年6月19日日曜日

奉公

 今日は集落の農道草払いです。昔は奉公と言いました。誰でも彼でも体が動く人、全員参加は追ったて奉公。今日は基本一家に一人です。朝から雨の悪コンディション。案の定9時過ぎから雨が強くなって、早めの終了となりました。昨日の晩に飲み過ぎてお腹の調子が良くなかったので、助かりましたが。なんで昨日はあんなに呑んでしまったのでしょう。天候不順もあって、体調がよろしくなかったのですが。今、読んでいるアイスランドの警察小説、ちょうど読み終わって、犯人が自殺で一件落着。ちょっと釈然としませんでした。だって愛する人を密告から亡くし、そのお腹には赤ちゃんが。そんな、男が偶然密告者を殺害してしまい、長い良心の呵責に耐えて、半世紀もすぎて自殺だなんて。だって、1975年ごろ、まだドイツが東西に分かれていた頃の話を引きずっていたのですから。冷戦が終わって、数十年経ても、いまだに独裁的な政治から、戦争が起きています。恐らくは50年近く前からの種火が今もくすぶっているということでしょうか。いろいろ考えさせられました。それでも、若い頃のように調子にのると、体がすぐに反応してしまいます。今日は父の日とか。せいぜい体をいたわらねばと思っています。

2022年6月18日土曜日

烏瓜

昨日、オークションで見つけた木版画が届きました。もしかしたら印刷かもしれませんが。烏瓜と百舌の絵です。すごく細密な描写で、髪の毛よりも細いのではと思われる線で百舌の羽が描かれています。早速作者の名前をネットで調べてみますと、明治から大正にかけて活躍した、渡邊省亭という画家であることがわかりました。欧米では特に人気があったようです。百舌が得意で多くの絵の中に登場します。竹内栖鳳とかと同時代の絵描きさんで、栖鳳の絵を見て手厳しい批評をしたりしたようです。ある意味職人気質というか、名人というか、筆に自信があったのだと思います。こんなすごい表現力を持った人がいたことを初めて知りました。まだまだ勉強不足。もっと視野を広げる必要があると感じました。 

2022年6月17日金曜日

サマルカンド ブルー

 「空よりも青い サマルカンブルー〜♪」。吉田拓郎が歌っていました。大昔。母が定期購読していた「暮しの手帖」に青いモスクが載っていました。真っ青な空に光を反射して輝く青い屋根が心を打ちました。まさか、現在、陶器で青い釉薬と戦うようになるとはその頃には想像もつきませんでした。高校生の頃、美術同好会で絵を描き始めて、17世紀のオランダ絵画に出会いました。レンブラントが特に惹かれましたが、そのうちにフェルメールに夢中になってしまいました。タイトルは覚えてませんが女の人がミルクを注いでいる絵でした。まるで永遠に静止しているような室内、光が側面の窓から差し込んで、色が輝くように美しい絵でした。あの頃は。まだ今のように日本では有名ではなかったと思います。フェルメールという画家は、作品も多く残ってなくて、地味な印象の絵が多い気がします。前にフェルメールの自伝的な映画を見たことがあります。絵の具へのこだわりがものすごくて、高価な絵の具を借金してまで購入していました。特に青い絵の具は当時、金と肩を並べるほど高価なラピスラズリを砕いて絵の具に使ったと知りました。当時は時代を超えて残せる表現は絵画でした。だから、変色したり退色したりしにくい材料が求められました。実際、日本画でも同様で、たとえ高価でも良い顔料を世界中から集めて使われたようです。そんな絵画が、時代を超えて現代でも輝きを失わずに生き残っているのです。現在、青い釉薬を追い求めているのも、いつまでも輝き続け、長く人の手に愛でてもらえるものを作りたいという思いもあります。難しい仕事ですが。

2022年6月16日木曜日

草刈り

 次の日曜日に、年に一度の集落の農道切り払いが予定されています。その前に農道に隣接した土地の持ち主は、各自で綺麗にしておかないといけません。雨が続いてなかなか作業ができませんでしたが、ようやく昨日上がってくれました。家族三人で取り掛かりました。今年は庭仕事もほとんどやってませんでしたからすっかり体がなまってしまっています。雨上がりで日が差してきて、蒸し暑さに参ってしまいます。汗と雫でからだがぐしょぐしょ。肩で息をしながらの作業です。カミさんも足がフラフラ。なんとか刈り終えて、草を集めてようやく解放されました。年々体に応えるようになってきました。同時になんとか終わってくれて一安心です。まだ本番が、待っていますが。これからも、天気予報でははっきりしない日が続きそうです。

2022年6月15日水曜日

変遷

 今朝、工房の前に白萩の花が咲いているのを見つけました。本来なら九月ごろ咲くのですが、どうやら狂い咲きでしょうか。あ、狂い咲きは使ってはいけない言葉でしょうか。誤認咲きとか季節外れとかいうのが正しい使い方かもしれません。近頃、言葉遣いが難しくなってきました。昔は痴呆症と言ってたのが認知症に変わりました。看護婦さんは今は看護師さんです。ハラスメントとか言って、いろいろな言葉が改められています。ちょっと古いドラマとか見ると面白くなります。現在では使ってはいけない言葉のオンパレードです。今、放送中の朝ドラでも、新聞社で働く場面がありましたが誰もタバコを吸ってないと突っ込む人がいたようです。あの時代は喫煙はどこでも行われていました。今読んでいる、アイスランドの警察小説では喫煙に関する軋轢がしばしば登場します。原作の著者の習慣が伺えておかしくなります。あの小説では麻薬やアルコール依存症の話も多く登場してきます。あ、昔はアル中と言ってましたか。



2022年6月14日火曜日

サスティナブル

 昨日からの雨、予想雨量では200ミリとか。こんな雨が都会で降れば災害が起きそうな気がします。この雨、何かに利用できないものかと考えてしまいます。昔、石油備蓄基地を屋久島に作ろうという話が生まれました。中東からタンカーで運び、屋久島からは帰りの船で水を運んだらどうかというアイデアでした。水は巨大なな自然エネルギーです。今読んでいるアイスランドが舞台の小説。あちらの国ではほとんどが地熱発電や自然エネルギーで電力を賄っているようです。雨の多い屋久島です。ここで使う電力だけでなく、他所に送ることはできないものでしょうか。山が多いので大きなダムではなく小規模の発電機で電気を作り、蓄電して移送する。これからは自然負荷の大きな大工事ではなく庭先での小規模な事業。農業にしても、昔ながらの自給農業。集落には鍛冶屋がいたり豆腐屋がいたり製材所があったり。ちょうど、屋久島に移住してきた50年前はそんな感じでした。あの頃はまだ馬で材を引き出したり、牛が田んぼを耕したりする人が残っていました。ノスタルジックな感傷と言われそうですが、実はサスティナブルな社会へのヒントはそんなところに潜んでいるように思います。そんな中に村の陶器屋さんも入れてもらえたら嬉しいのですが。

2022年6月13日月曜日

エス・ディー・ジーズ

 最近、耳にタコができるほど聞かされます。サスティナブル ディブロップメント ゴールズ。持続可能な拡大目標とのことです。首を傾げたくなるようなこともありますが、社会の流れですからできることは一つ一つ取り組んでゆきたいと思っています。なるべく、無駄を省き、物を大切に使い、自分で野菜を育てることなど。畑では堆肥を作り、雑草もコンポストで肥料にして家庭ゴミも捨てないように。いまは畑はお休み中ですが。仕事場でも、最近梱包材料を全て再生紙を使ったものに変えました。プラスティック系は避けて。窯やガスから電気窯の出番が増えてきました。昔は薪で焼いているというと、お客様は感動してくれましたが、排煙をかんがえますと、CO2削減とは言えませんし。なんと言いましても、屋久島の電気はほとんどが水力発電ですからまさにクリーンエネルギーです。島では電気自動車の導入も推し進めています。次に取り組んでいるのが焼成温度を下げること。最初は1280度で焼いていたのですが今の目標は1220度。これでかなりエネルギーが節約できます。そうすると、まず気になるのが器の壊れやすさです。そこでしっかり丈夫な生地にするためには土の成分が問題です。低い温度でも硬く焼き締まる土を作ること。もう一つが釉薬の問題です。溶けが美しく鮮やかな発色をどうして出すか。しかもそれを自分で考えた配合で作り出すこと。今現在取り組んでいるのがそこです。一進一退、明かりが見えてきたかと思うと消えてしまう、その繰り返しです。昨日、悩んでいたら、息子がヒントをくれました。釉薬が溶けすぎているのではと言うのです。溶けない溶けないと思い込んでいたのですが、釉薬は溶け過ぎても発泡してガサガサになるとのことです。これまで長い陶芸ライフで釉薬が溶け過ぎたと言う経験があまりありません。ほとんどが温度が足りずに溶け不足ということが多かったのです。もしかすると目から鱗になるかもしれません。ちょっっとだけ希望が見えてきた気がします。

2022年6月12日日曜日

、ドツボ

 釉薬の研究が進みません。ちょっと希望が見え始めたかなと思うと、元の木阿弥で、また振り出しに。どうもエンドレスサークルに入り込んだようです。朝から釉薬のことを考えていて、日常生活にミス連発。そうなんですよ。気持ちがそっちに向かうと他のことがすっかりおろそかなってしまいます。これって、持って生まれた性分ですかねえ。今は泥沼で、もがいております。

2022年6月11日土曜日

ブランクーシ

CREATE LIKE A GOD,

COMMAND LIKE A KING,

WORK LIKE ASLAVE ,

先日、オークションで、このような言葉が書かれたパネルを見つけました。なぜか聞いたことがると目を止めました。そのうちに気がつきました。大好きな彫刻家、コンスタンチン ブランクーシ が残した言葉でした。日本語では「神のごとく創造し 王のごとく命令し 奴隷のごとく働くこと」となります。ブランクーシはルーマニア出身の彫刻家で19世紀にパリで活躍しました。あの、ロダンから才能を認められて誘われますが「大樹の下には何も育たない」といって断ったそうです。石や木を使ってプリミティブとモダンを併せ持った彫刻、空間芸術とでも言いたいような作風でした。高校時代の友人で石の彫刻家に酔っ払ってはブランクーシの話を聞かされて、気がついたら大いに影響を受けるようになっていました。作品も言うまでもありませんが、むしろ生き方の方が惹きつけられました。上の言葉は誰かがフランス語から英語に訳したものだと思います。彼の作品は抽象化が進み、最後には巨大な石が転がっているような作品に至りました。そこで、台座が作品たらしめるための重要な位置を占めるようになりました。台座を含めて作品として成立しています。我が国の仏像と同様な歩みでした。空間芸樹とは周りの環境を含めて成立すると思います。ブランクーシの生き方に問題定義をした関根伸夫と言う彫刻家がいます。彼は巨大な自然石を磨きあげたステンレスの柱の上に乗せました。台座のステンレスが鏡のように周りの風景を映し出して、まるで宙に浮いているようにも見えます。影響を否定したブランクーシに対する彼の答えかもしれません。これぞまさに台座を含めた彫刻だと言う。関根が残した言葉です。「神のように創ることなく、王のようには気高くなく、奴隷のようにただ働く」

2022年6月10日金曜日

一進一退

 なかなか前進しません。釉薬作りです。もっと簡単にできると思ったのですが。本焼き四回、それでも一進一退です。日暮れて道遠しといった気持ち。昨日はこれまで使っていた材料を注文してしまいました。だいぶ高くなったのですが、背に腹は変えられません。これで当分は今の材料でしのげます。慌てず焦らず諦めず、一歩ずつ進んでゆけたらと思っています。

2022年6月9日木曜日

オークション

 インターネットオークションに気になる絵が出ていました。高校生時代に大好きで画集を買ってよくみていました。中村彝の静物画の小品です。意外と安くついていたので、ウォッチに入れておきました。そろそろ期限かなと思って、今朝見てみると20万になっていました。やはりみる目がある人がいるのだなと思いました。ヤニ派の影響を受けてレンプラントのように重厚で、造形はルノアールのようなふっくらとしたフルムが粗めのタッチで表現されています。やはり真作間違いないようです。散歩から戻ってみると、45万円近い価格で落札されていました。小さな美術館に展示してもおかしくないような作品ですから、それでも安かったのかなと思いました。絵の価格はよくわからないところがあります。そんなわけで夜中に目がさめるとスマホでオークションを見ています。もちろん高価なものには手が出せませんから、誰も気がつかず安くて、それでいて魅力的な作品を求めて。離島の人里離れた、こんなところでまるでギャラリー巡りをしているような、楽しみを味わえるとは、思ってもみないことでした。

2022年6月8日水曜日

タメゴロー

 朝ドラの話です。「あっと驚くためゴロー」突然出てきた懐かしいギャグ。あのころだったのかーと。クレージーキャッツ全盛でしたからねえ。「お呼びでない」とか「ガチョーン」なんてありました。色々、突っ込む人もいるようですが、同世代に青春を過ごしたものとしては楽しんでいます。昔の漫画、「将太の寿司」とか「ミスター味っ子」の実写版のようなものと思って。屋久島のばあちゃんは「Gメン75」が大好きでした。流行歌では誰かがオーディションの場面で歌っていた「わたしの彼は左きき」なんて。フォーク世代としては「夕暮れ時は寂しそー」とか「最終電車で君とさよなら 東京にはもう何度ももゆきましたねー」かな。「青春時代が夢なんて 後からしみじみ思うものー」半分四畳半フォークのようなヒット曲もありました。「紅茶豆腐」。あれは「紅茶キノコ」のことでしょうか。彼はあの調子でどこまでも突っ走りそうですね。いましたよね、あんな感じの人。人は成長しているように見えますが本質は変わることはないものです。「◯◯は死ななきゃーなおらない」、と言いますが、「◯◯は死んでもなおらない」と思います。自身を省みてそう思っています。

2022年6月7日火曜日

一歩

 ようやく踏み出しました。庭仕事です。去年の秋に怪我をして、遠ざかっていました。それなりに整っていた庭も畑も荒れ放題。あの頃から千里は後退した気がします。だから、千里の道も一歩からという気持ちで。今朝は一時間ほど家の入口をちょこちょこ。まるで、ネズミがかじったほどで、見た目にはほとんど変わりありません。これから一年がかりでなんとか戻せたらと思っています。

2022年6月6日月曜日

ワイン

 以前、カミさんがネット販売でワインの詰め合わせを買ってくれました。タイムセールで安くなっていたからとのことですが、ペットボトルに入ったワインを嬉しそうに呑んでいるジジイを不憫に思ったのでしょうか。最初の一本は渋くて酸っぱくて、ちょっと困ったなと思ったのですが、だんだん舌が慣れて来たのか、味がわかって来たのか、美味しく感じられるようになって来ました。コクが感じられたり、甘みが強かったりと違いも少しずつですがわかるようになって来ました。大昔、子供の頃に、一度だけワインづくりに挑戦したことがありました。確か誰かに大量にもらったブドウが熟しすぎていて、それならワインにしたら良いというので、見よう見まねでトライしたものでした。記憶が定かではありませんが、梅酒を漬ける瓶に入れて暗いところに置いて発酵を待ちました、ぶくぶくいってきて発酵が終わったら、漉して一s等瓶に移して寝かせておきました。だいぶ時間が経ってから試しに飲んでみたところ、酸っぱくて渋くて、これはダメだと捨ててしまいました。今思うとあれが普通のワインだったのではないかと思うのですが。何しろ当時はワインといえば、赤玉ポートワインしか知りませんでしたので。ちょっと前の話ですが、友人のオランダ人の彫刻家のアトリエに泊めてもらったとき、晩に呑んだワイン二本を呑み比べて、こっちの方がずっと美味しいと指差しは方が、実は安物だったという失敗経験がありました。奥が深いのがワインの世界のようです。お酒が並んだ店には、フランス、イタリア、チリ、と世界中のワインが並んでいます。すごく高いのから手頃な値段のまでピンキリですが。どれほど味に違いがあるのか試してみたい気もします。

2022年6月5日日曜日

雨の日曜日

「雨がしとしと日曜日 僕は一人で〜」なんて歌が出てきそうですが、外はザーザーぶりです。工房には一人。前日挽いた五寸皿を削りました。昨日はしっかり晴れて風も強く吹いてたので、乾きすぎかなと心配でしたが、ちょうど良い具合。船も欠航ですから、ひとりっきりの作業場。ラジオをかけながら一日、ろくろを蹴りました。昨日は素焼きをしましたから、明日からまたしばらくは釉薬仕事になりそうです。先週は島の宿から頼まれたカップを無事納品できました。次は緑の角皿です。島の小さな工房にはちょうど良い数の注文が来ています。春は仕事に追われて、心身ともに限界でした。当分このペースでやってゆけたらと思っています。

2022年6月4日土曜日

予感

 新しい人気商品が生まれそうな予感がします。工房では何と言っても青い器がいちばん人気です。昔もう一つ、エメラルドグリーンの器の人気がありました。白化粧を施して、透明の釉薬の上から緑の釉薬をかけたものです。ところが、生地と白化粧の相性が悪くなって、釉薬がはがれることが多くなって、いつの間にか消えてしまいました。先日、種子島からのお客さんが、昔あるカフェに収めた器の写真を見せてくれました。エメラルドグリーンの器でした。今でも魅力的で目を引きつけます。それではもう一度挑戦してみようと思ったのです。工程を変えることにしました。化粧土を使わず、白い釉薬の上に直接ミドリの釉薬をかけることにしました。これならば焼いた後うきあがる可能性は減ります。しかしこの作業にも課題があります。白い釉薬の濃さ、重ねて釉薬をかけるときのタイミングが難しいのです。白い釉薬が乾きすぎると浮いてしまいますし、早すぎると釉薬が薄くなってしまいます。色々試しながらなんとか今回いくつか焼きあがりました。お客さんの反応が気がかりでしたが、なかなか良いようで一安心です。まだ研究途上ですが、色々な器で試してみようと思っています。青に続く人気者になってくれることを願っています。


2022年6月3日金曜日

箸置

 工房の、隠れたヒット商品の一つが箸置きです。これまでにネコ、屋久島の植物、サカナ、シンプルな長方形や楕円形など、ずいぶん色々な形で作ってきました。現在、在庫があるのはサカナの形と青いシリーズです。青いほうは長方形と楕円形、それと長いスプーン置きがあります。スプーン置きは島のホテルで使ってもらっているので、その売店でかなり良く売れます。そんなわけで、定期的に在庫が切れると作ることになります。今もスプーン置き作りのまっ最中です。土を伸ばして切っただけのシンプルなものですが、案外コツがあります。成形の途中で変な力を加えますと、必ず変形して焼きあがってしまいます。粘土が記憶していて、途中で修正しても、最後に出てきてしまいます。これを形状記憶と勝手に呼んでいます。粘土には不思議な力があるようです。そこで、箸置き作りでは切り分けた後、土が固まるまで手を触れないように気をつけて取り扱うようにしています。それとどうしても生地が厚くなりますから、裏を掘って、厚みを調整します。見た目も考えて、全体に化粧をかけて釉薬を載せます。厚くかけすぎると外側に流れやすいのですが、薄すぎては色が出ません。こうして書いてゆくと、なかなかむずかしい仕事だと気がつきました、見た目がシンプルなものほど難しいということだと思います。

2022年6月2日木曜日

卒業

病院へ行ってきました。県道の脇には紫陽花が咲き誇っています。青い花赤い花、中でも濃い紫が目立ちます。挿し木で増やすのでしょうか。同じ花色が並んでいます。今日は雨が上がって、蒸し暑くなってきました。右手の薬指、骨折から8ヶ月、病院の診察で卒業を告げられました。長い日々が思い出されます。最初は絶対に骨髄炎にかかっているはずと、大量の抗生剤の点滴が続きました。場合によっては切断と脅され、ギリギリでなんとかまのがれた気がします。それがようやく卒業。嬉しくて、帰りに魚屋でうなぎをおごってしまいました。ささやかなお祝いですが。これから、心置きなくこの手で、精一杯土をこねて、色々なものを造ってゆきたいと思います。 

2022年6月1日水曜日

仏様

土の仏様を作りたいという気持ちが湧き上がっています。 しかし、先日、手をつけて作り始めた百済観音様は途中で止まってしまい、ビニールをかぶせていたのですが、カラカラに乾いてひび割れてしまいました。大慌てで濡れ雑巾をかぶせましたが、どうしても進みそうにありません。去年の秋から春まで器の注文仕事におわれていました。気持ちがもう一つ、仏様の方へ向かってゆかないようです。外堀から埋めてゆこうと、仏像の写真集を買ったり、台座に使うための木の切れっ端を探したりと色々工夫してるのですが。一つには、すごく格好良いのを作るぞという意気込みが手を止めてしまったのかもしれません。所詮持っている技術以上のものは出せません。ここは少々理想とは離れていても、まずは作ることから始めようと思っっています。ただ、粘土を手の中で丸めて目と鼻を引っ掻いただけでも雰囲気さえつかんでいれば、仏様になってしまうものです。あまり気張らずに楽しく遊べれば良いのでしょう。

2022年5月31日火曜日

止み間

昨日の雨は物凄かった。まだ、梅雨入りしてないのですが。側溝から溢れた水が行き場を失って右往左往。どこもかしこもぐしゃぐしゃでした。今朝は雲の間から青い空が垣間見得ています。昨日はほとんど止まっていた器の乾きが、進んでゆきそうな気配です。これで仕事もはかどりそうです。化粧がけをして、注文の角皿を作って、ぐい呑を外に出して風に当てようと思っています。この天気、おそらく長く続かないと思いますが。せっかくの止み間ですから、大切にしたいと思っています。

2022年5月30日月曜日

六月

もうすぐ六月です。それが終わると、今年も折り返し。さて、雨の多い季節になりました。昨日のお客さんが、山のシャクナゲの写真を見せてくれました。今年は花が多い気がします。もうひと組は縄文杉の話。屋久島に暮らしていても、ほとんど工房から離れることがありません。周りのことはお客さんから聞くばかり。ここら辺で魚が美味しい店はありませんかと聞かれて、困ってしまいました。ただ、思ったことは島に来れば、地の魚が食べたくなるだろうなということです。よくわからないので、30分ほどの、町にあるお寿司屋さんを教えておきました。これから、夏の観光シーズンまではお客さんも滅多に訪れることはなくなります。せいぜい、ゆったりとした会話を楽しみたいものです。 

2022年5月29日日曜日

ワクワク

 鉢を削ったり、化粧をかけたり。しかし今日は何と言っても釉薬作りです。昨夜は考え込んであまり眠れませんでした。そこで、ネットでずっと調べていました。釉薬について。でも、結論は出ず、いつも通り、当たって砕けろです。今日も16種類作りました。作った後に器に掛けたのですが、なんとなくですが、ワクワクしてきました。うまくゆきそうな予感。チムドンドンしています。まあ、実はほとんど失敗してしまうのですが。ただ、不思議なことに失敗したことは案外すぐに忘れてしまいます。成功体験だけがなぜか心に残ります。いつか必ずうまくゆくに決まっています。今はそこに向けての知見の積み重ねと考えましょう。

2022年5月28日土曜日

釉薬

 新しく作った釉薬がことごとく溶けてくれませんでした。16種類全て融け不足。根本的に考え直さないといけないようです。何かヒントが見つかればと思ったのですが。実はいくつかアイデアはあるのですが。素材が手に入りづらかったり、高価だったり。壁は高いまま。ただ、このまま諦めてしまうわけにも行きません。必ず方法があるはずです。現実に業者は作ってますから。まだまだ研究不足ということでしょう。目標達成には時間がかかりそうです。

2022年5月27日金曜日

ぐい呑

 久しぶりのろくろ作業です。ずっと釉薬の仕事ばかりでしたから。まずはぐい呑から。昔は一輪挿しからつくり始めましたが、隣で息子が造っています。結構いい形です。しかし本人は不満のようで、ひさしぶりで思うようにできないと嘆いています。だんだん似てきた気がします。ぐい呑もだいぶ小さくなってきました。若い頃の3分の一ほどの大きさになってしまいました。あまり呑めなくなってしまいました。昨日は早々にご飯を食べて布団に入ったら、カミさんが心配して、どこか悪いのかと聞いてきました。年には勝てません。

2022年5月26日木曜日

さじ加減

 昨日は16種類の釉薬を作りました。新しい釉薬ではなく、はじめて使う材料を組み合わせて、これまで使っているのと近い釉薬を作るための試験用です。実験用の天秤ばかりで金属材料を計り、最後は篩を通して仕上げます。なかなか手間と時間がかかります。焼き物の原料には限りがあって、その時その時で手に入りにくくなることがあります。まさに今がそんなとき。そこで、手に入りやすい材料でできるだけ自力で釉薬を作ろうと、始めたものです。陶芸を始めた頃にはかなりそんな作業をしていたものですが、より効率的にしたいと思って、市販の材料に移行してきました。いちいち自分で全てを一からやるよりも手間が省けますから。しかしそうも言ってられなくなってきました。まずは価格の高騰があり、業者さんの撤退もあります。焼き物業界もおそらく危機的な状況に陥っているのかもしれません。そこで、より利益の取りやすい、陶芸教室向けに、小ロットでの販売に移行しているようです。一つにはネット販売があるようです。いつでもどこからでも少しでもと言った具合です。しかし、量が必要な専門業者としては、価格がもっとも響いてきます。そこで、少し手間でも原材料から試作する道を選ぶよりなくなってきました。そんなわけでの釉薬作りです。まずちゃんと溶けてくれるか、発色してくれるか、業者並みの難しい知識が必要になります。そして最後が微量要素。ほんのわずかの加減で雰囲気が違ってきます。料理で言えば隠し味的な。案外、最後のさじ加減的なところが焼き物の印象を変えてしまうのかもしれません。

2022年5月25日水曜日

栄枯盛衰

昨日、棚卸しに行って来ました。連休の終わったところでしたから期待していたのですが。お土産屋さんの方はそこそこの売り上げ。まあ、昔の最盛期から見るとまだまだでしょうが。なんせ、あの頃は泊まる宿もなくてバス停で人が寝ていたり、レンタカーも足りなくて、一般の車まで動員したほどでしたから。去年一昨年のコロナでの移動禁止から比べればだいぶ回復したなとは思いました。しかし、ホテルの売店の方は、厳しかったみたいです。棚も空白が目立ちましたが、売りきれててというよりも、業者さんが撤退したという感じ。まさに栄枯盛衰を感じました。我々、島内での販売に頼っている身としては複雑は気持ちです。昔は都会での個展が一番の収入源だったのですが。今はデパートのギャラーはどこも規模縮小とか撤退や閉鎖が目立っているようです。それにひきかえ、ギャラリーもネット販売に力を入れているようで、開催前にネット上で作品を展示して、予約販売するというのが定着してきました、しかし、焼き物は手に持って、初めて伝わってくるところが多いですから、どうなのかなと首をかしげるところもあります。時代の変遷で需要も趣向も変わってきます。大切なことは、時の流れに対応しつつ、自分の制作姿勢を壊さないこと。末長く生き残れるように日々工夫の毎日です。

2022年5月24日火曜日

 昨日のお客さん。前にもいらして、いろいろ注文してくれたそうです。全く記憶がありませんが。その話をしたら、息子は覚えていて、「あの、緑が好きなお客さん」と言いました。確かに昨日も緑のお皿を注文してくれました。そのとき出してくれた名刺、「緑が好きなの わかるでしょ」と言って指さされました。確かに大切なところは緑色のインクで印刷されていました。実はすこし前にも、スマホの写真で、このカップないですかと、見せられたのが、お隣、種子島のカフェに以前納品したコーヒーセットでした。ああ。あんなのも作っていたなあと思い出して、また作り始めたところです。どうも、緑の器に風が来ている気がします。他にもホテルから、ハーブティーのカップやアロマポットの注文も来ています。いずれも緑が希望とか。当分、緑の器を焼くための戦いが続きそうです。

2022年5月23日月曜日

森羅万象

モノには魂が宿る。昔から言われてきました。神社にゆくと足元の石ころ一つにも神が宿っていると言われます。神社に限らず、自然の中にある者すべてに命があるというのは日本人なら誰でも感じられることだと思います。そこまで、はっきりしたことでなくても。不思議に思うことがあるものです。先日ネットで中古の時計を手に入れました。それが届いた日にそれまでつけていた時計が動かなくなりました。ただ、電池が切れただけだと言えばそれまでなのですが。なんでその日に?、と首を傾げてしまいました。よく、車を買い替えると決まった途端に動かなくなった、ということがあるものです。不思議な現象。理由はわかりませんが、よくあることには違いはありません。こういうことは西洋の人たちにも起きるのでしょうか。そんな時、オー マイ ガッ と言うのでしょうか。昨日、梅原猛の本を読んでいたら、能登の真脇遺跡の話が出てきました。縄文時代の遺跡で大量のイルカの骨が発見されて近くから土で作られたお面や巨大な柱の跡もあったそうです。それらはイルカの魂を送るための儀式の後ではないかと書かれていました。身の回りにある物にまで魂があると考える日本人です。食用に殺生した生き物をお祭りしたのは当然のことのように思います。土のお面が使われていたと言う話には、土を焼く仕事をしているものとしては気にかかります。以前、傾斜地に穴窯を作ったことがありました。そこを畑に戻すことになって、重機が入る時、運転手の人が米塩焼酎でお清めしてくれました。昔から、トイレや台所などでも利用させたいただいたことへの感謝にお清めをし。今でもその風習は残っています。これは大地に神が宿っていると言う日本人の心からの習わしなのでしょう。

2022年5月22日日曜日

アイスランド

 初めてのアイスランドの作家さんの本を読み終えました。警察小説です。人口30万と言われる小国。その歴史は、デンマークからバイキングが移り住んだのが始まりとか。国土は北海道と四国を合わせたほどの広さ。主な産業は漁業と牧畜ぐらいだったヨーロッパの最貧国。それが15パーセントという高金利政策で一躍富裕国に。先祖を辿るとほとんど血の繋がっているという火山の国です。地下を掘るとお湯が沸き、水道の水は100度のお湯を冷まして供給しているようです。一年のほとんどが雨か曇り。傘をさす習慣がないようです。滅多に陽が差さないので、お日様が顔を出すと、仕事が休みになったりだとか。そんな国でも犯罪が起きて、警察はどのようにして解決してゆくのか。読み始めると引き込まれてしまいます。翻訳者が上手で、まるで初めから日本語で書かれた話のよう。そうそう、あの国では姓ではなくて名で人を呼んでいるそうです。おそらくほとんどが親戚で人口が少ない国ならではでしょうか。電話帳には日本でいうと太郎とかアキラで乗っているそうです。目からウロコがいっぱいです。

2022年5月21日土曜日

ドキドキ

 今週は、若い娘さんの入浴シーンでドキドキ。七十過ぎの爺さんになっても。長男のバカぶりにも、我が身を見ているようで切なくなります。タンスの財布から小銭を盗んだり、親のウイスキーを隠れて飲んだり、挙げ句の果ては家出。恥多き青春でした。若気の至りというか。色々あって、東京から屋久島にたどり着いて、ほんと、たくさんの人たちに助けられました。どこの馬の骨かわからない若者に、ご飯を食べさせてくれたり、泊めてくれたり。ところは変わっても、あの時代はそんなことが当たり前だったのでしょうか。東京の実家でも、学生運動で腹を減らしたやつや、芸術論をふっかけに来て何日も泊まってゆくような連中を、何も言わずに世話してくれた親。ありがたいものです。

追記

今日はゆっくり過ごしています。朝のうちのどんより空も、雲が切れて暑くなって来ました。今読んでいるアイスランドの警察小説。陰鬱で重たいのですが、離れられなくなってしまいました。だから、今日はゆっくり読書。

朝ドラの三人の姉妹。一番上のお姉ちゃんはお兄ちゃんがあんなだから、自分がしっかりしなくちゃと、真面目な頑張り屋さん。でも、好きになった男が優柔不断。良くある話です。二番目が主役。典型的なわがまま末っ子型。猪突猛進、当たって砕けろ、青春まっしぐらみたいな。一番下はおっとり、おまけのこ。大人しくて病弱、まわりの心配ばかりの引っ込み思案です。でも、歌が上手い。伴奏なしで歌う澄んだ声が身にしみます。「ヤシの実」。西條八十の作詞かなと思ったらなんと島崎藤村でした。小説家であり、詩人でもある、あの「まだ上げそめし前髪のリンゴのもとに見えしとき、前にさしたる前櫛の花ある君と思いけり」の「初恋」の作者。青い海を前に歌うと一層心に響きます。


2022年5月20日金曜日

実証

 焼き物作りを続けているとどうしても人気があるものとそれほどでもないものがでてきてしまいます。だから、どうしても人気があるものを多く作るようになるのですが、そうかと言ってただそのまま作り続けているわけではあるません。毎回こうした方が良いのではと少しずつ、いろいろためすことになります。特に、工房で一番人気の青い器です。色は気に入ってるのですが、釉薬が厚くかかるので形、特に轆轤目がつぶれてしまいます。そこで、薄くかけて色がでないものか、いろいろ試しているのですが、思うようにできません。頭の中ではこうしたら良いのではと浮かぶのですが、窯から出してみると全然違っていた、そんなことの繰り返しです。今朝もカミさんに新しい焼きあがったものを見てもらいましたが、やはり前の方が良いと言われました。まあ、自分でもわかっていましたが。やるのと見るのとでは大違いです。この細かい実証の積み重ねが、作品に深みを出してくれるのだとは思うのですが。ある程度までゆくと、そこからの伸びしろはほんの僅かということになるのでしょうか。

2022年5月19日木曜日

階段

 以前白い家のオブジェを作っていました。手のひらに乗るほどの小さな家です。必ず階段をつけていました。階段ってなんだかワクワクします。自称、階段マニアです。家の中にある階段もいいのですが、町の階段も胸が躍ります。東京には階段の町があります。お茶の水とか、谷中。子供の頃暮らしていた四谷にも階段がありました。家から坂町商店街に向かって歩くとすぐに階段がありました。階段を降りて坂を下って行くと、とつぜんに小さな商店街がありました。まるで異世界へと迷い込んでしまったような感じでした。坂道に沿って豆腐屋さん、パン屋さん、床屋さん、お菓子屋さん、乾物屋さん、八百屋さん、肉屋さん、魚屋さん、文房具屋さん、お蕎麦屋さんと並んでいました。どの店とも顔見知りでした。お使いに行ってきてと親から頼まれて、揚げたてのコロッケを買った後、走って家まで帰ってきたものでした。帰りはあの階段を二段跳びでハアハアしながら急いで、まだ熱いよと言いながら渡すと、五円ほどのお駄賃をもらったものでした。中学生の頃、四谷を離れて、いつの間にか商店街も消えてしまいました。そんなノスタルジーが白い家や街のオブジェシリーズにつながったのかもしれません。だから、階段はなくてはならないものなのだと思います。

2022年5月18日水曜日

仏像

 毎年、暮れに向けて作っているものに小さな神様があります。指の先ほどの大きさで、素焼の上に絵付けをして仕上げます。もう50年作り続けています。作る数はその年によって変わりますが、平均すると4000個ぐらいでしょうか。それを50年ですから20万体ぐらいは作ってきたことになります。それに加えてたまに気が向くと陶器の仏像を作っています。こちらは5センチぐらいから40センチぐらいまで大きさは様々です。最近また作りたくなって、百済観音風のを作りはじめたのですが、途中で止まってしまいました。器つくりが忙しくなりすぎて、気持ちが他所に行ってしまったようです。そろそろ、落ち着いてきたので、また仏像を作りたいと思っています。器の仕事の邪魔にならないようにですが。あと、何年、土に触れていられるかわからない年になってきました。ものづくりの最後は仏像で締めたいと、ここにきて思うようになってきました。これまで散々やりたい放題生きてきました。せめてもの罪滅ぼしに、何か残してゆきたいと思っています。

2022年5月17日火曜日

時代

 家の食台に甘茶のはなが飾られています。庭で今年も見事に咲いてくれました。この花を見ると毎年同じことを思い出します。島の北で暮らしていた詩人のことです。彼が亡くなった時に枝を分けていただいて庭に刺したものが大きく育ったのです。彼は詩人としてだけではなく、学生運動の旗手としても名を馳せていました。一度その話をした時。60年安保のデモに参加した時、体が小さいので、揉まれているうちに一番前に押し出されてしまい、気がついたらデモの先導者になってしまったと話してくれました。まあ、謙遜の言葉だとは思うのですが。確かに、あの時代の精神的な主柱の一人であったことは間違いありません。そんな彼が屋久島にやってきたのです。やってきたという言葉の意味は、こっちが少しですが移住者としては先輩だったからです。そんな彼を慕ってたくさんの若者が集まって、一つの集落ができました。あの時代はドロップアウトとかヒッピーという、社会の流れからあえて離れて、自分の行き方を見直すという暮らしが一つの流れとして起きていました。その背景には激しい学生運動もありました。東大の安田講堂占拠などもその頃に起きました。あの時代、通っていた美大でもどこも激しい運動がありました。どちらかというとノンポリで、それほど興味もなかった身でも周りで多くの友人が社会の矛盾に怒りの声を発してましたから、なんとなく巻き込まれることも多くありました。1970年前後は不安定な時代と言ってよかったと思います。そんな中で、自分探しで右往左往していたのだと思います。朝ドラの長男と同じように。行き当たりばったりで、酒を呑みすぎて人に迷惑をかけたり、思い出すとぎゃーと叫びだくなるようなことの連続でした。今もそれほど変わったわけではありませんが、あの頃に比べると少しは落ち着いてきたかなと思ったりします。朝ドラを見ていると、つい昔のことが蘇ってきます。

2022年5月16日月曜日

昼ドラ

 今日は病院へ行ってきました。定期検診です。そんなわけで朝7時半からのBS朝ドラは昼に家で見ました。いよいよ東京編です。あの頃の東京がどんな風に描かれるのか。確か当時はまだ1ドルが300円の時代だったと思います。そのちょっと前までは360円でしたが。現在が130円ほど。それで、輸入品が高くなって大騒ぎです。何しろ。一時は80円なんて時がありました。銀座は物価が高く、普通の人はレストランで食事なんて考えられなかった時代です。外人ばかりでした。そういえあのドラマにはほとんど外国人が出てきませんねえ。東京では、当時はボーリングブームの真っ最中。よくボーリンング場の工事現場で働いたものです。それから超高級マンションも建築してました。麹町の現場で家賃を聞くと、とんでもない値段でした。そちらも海外からの人が使うということでしたが。日本も高度成長真っ盛り。私はと言いますと、銀座を中心として有楽町から京橋まで歩き回っていました。京橋にあったフィルムセンターで古い映画を見るためです。有楽町のイエナで洋書の画集を見て、東京駅前の美術館へ行って、カレーライスの店ナイルで昼ごはんが決まりのコースでした。お金がなくてもっぱら歩いてばかりいました。そうそう、疲れたら日比谷図書館で読書というのもありました。

2022年5月15日日曜日

釉抜き剤

陶芸の技法の中に釉抜きというのがあります。くっついては困るところに釉薬がつかないように色々な技法が考えられています。オーソドックスなのがロウ抜きです。ろうそくのロウと灯油を混ぜて、温めて溶かしたものを筆で塗ります。ロウの水をはじく力を利用します。次はラテックス。液体のゴムで、塗った後にしばらく置いておくと、ゴム状になって、後で針などで引っ張るとペロリと剥がれるというのもです。そのほかに、油性の撥水剤。最近では水性のものもあります。今回どうしてもラテックスを使いたくて、新しいのを注文しました。ところが届いたものが既に半分固まっていました。ラテックスという材料は筆が一回でダメになってしまったり、一旦ふたを開けると長持ちしないなどといった欠点があります。それにしても届いた時から固まりかかっていたとは。なんとかごまかしながら使ったのですが、筆がすぐに固まってしまいました。良い筆でしたから勿体無くて。使い捨てにできるような安い筆を使えばよかったと反省しています。何かうまい方法がないものかと、頭を悩ませているところです。 

2022年5月14日土曜日

カード

 カード払いに対応できるようになってどのくらいたつのでしょう。最近ようやく緊張しないで取り扱いすることができるようになりました。前はしょっちゅう、息子に助けを求めていたのですが。お客様の半分以上の方がカードで支払ってゆきます。一口にカードといってもいろいろな種類があります。交通系とか時計やスマホを当てるだけで支払いできてしまうものもあります。手のひらに乗るほどの機械が全て対応してしまうからすごいことです。その機械と専用のタブレットをつないで光回線経由でやりとりできるようです。お客さんの中にはこんなところでカードが使えるとはと、感激している方もおられます。以前は、手持ちが少ないと購入を諦めてしまうことも多かったのですが、カードのおかげで。そういうことも少なくなってきた気がします。カード会社には売上に応じて支払いしなければなりませんが。それと、湿気が多いためか、何度か機械が壊れて買い直さなければいけないことがありました。今では宅配便の業者さんが連絡すれば取りに来てくれます。買いたいものを選んでカードで支払えば。壊れやすくて重い荷物を持たずに、家に届きます。便利になったものです。

2022年5月13日金曜日

戦後

 佐野眞一さんの著書に「沖縄 誰にも知られたくなかった戦後史」という本があります。戦後の沖縄のあの時代を生きた証人達へのインタビューで構成されています。今生きているとしたらおそらく100歳近くなっている人たちでしょうから、ギリギリのタイミングだったと思います。戦後っ子と呼ばれて団塊世代の尻尾、1950年に生まれた身としても、実はあまりその時代のことを知りませんでした。ただ高度成長の波に乗って競争社会を揉まれて生きて来たように思います。今放送中の朝ドラでの四人兄妹の長男とほぼ同世代です。話の主役が東京へと旅立った同じ年に東京から屋久島へとやって来ました。そのとき持って来た服とかはデパートで開かれたベトナム戦争の放出品頒布会で買った頭陀袋に入れて来ました。いっしょに買ったカーキ色の寝袋には血の跡がこびりついていましたしスコップは塹壕を掘ったりに使われたものでしょうか。今思うとあのような催しが東京の一流のデパートで行われたことにも驚かされますし、当時のベトナム戦争が身近だったということでもあったのでしょう。屋久島に来る前に立川の基地まで行ったことを思い出します。死体洗い一体10000円という何かで読んだ記事を真に受けて仕事を求めて行ったのでした。実際のところは見つかりませんでしたが。終戦間近、沖縄は日本で唯一、地上戦が行われ、多くの命が失われました。今のウクライナ情勢と似たようなことが起こっていたのでしょうか。東京でも大空襲で多くの人が亡くなっています。そんな時代がわずか50年あまり前に日本にあったのです。戦後の混乱から立ち直って、近代化へと向かって歩みだす、そんな時代がどのように描かれるのか気になります。あの兄妹たちも今ではおじいちゃんおばあちゃんと呼ばれる年代になっているのでしょう。

2022年5月12日木曜日

神田川

 かぐや姫が歌った「神田川」が流行ったのは確か1973年ごろだったと思います。「三畳一間の小さな下宿 窓の下には神田川」という歌詞でした。神田川を遡ると善福寺川に名前が変わります。当時その川のすぐ脇で暮らしていました。まさに窓の下を善福寺川が流れていました。家から少し歩くと池があって湧き水が源流となって流れ出していました。朝ドラで描かれている1972年、実は家を飛び出して荒川のすぐ脇で暮らしていました。四畳半、家賃が5000円の部屋でした。生まれ育った四谷の家はすぐ前に昔の江戸城の外堀がありました。なぜか、我が人生には川や池が近くにあります。今も、工房のすぐ下を小さな川が流れています。大雨が続くと流れtの音が大きくなります。奄美地方がどうやら梅雨入り、おそらくここも梅雨の季節が始まっているのでしょう。水との縁が深く「たどり着いたらいつも雨降り そんなことの繰り返し」という歌の文句が浮かんできます。

2022年5月11日水曜日

上京

 朝ドラの話です。いよいよ主人公が上京するようです。話の年、72年の五月に本土復帰ですから、ギリギリパスポートが必要だったのでしょう。沖縄からだと、まず船で鹿児島まで渡って、そのあとは列車に乗ったと思います。安いのは鈍行か急行で大阪まで出て、夜行バスに乗るのが一番でした。昔、同じ年に東京から鹿児島に来た時と反対のコース。なんだか、あの頃のことを思い出してしまいます。お金がなくて徹夜で船の荷揚げの仕事をして手に入れた8000円を握りしめたことを。先日50年ぶりに大阪梅田にゆきました。JRの駅からバスステーションを見たのですが、周りの風景は高架橋が縦横に走り、高層ビルが立ち並んですっかり様変わりしていましたが、不思議とあの頃の姿が蘇って来ました。50年前を、朝のドラマで思い出すのも不思議な気がしています。

2022年5月10日火曜日

基礎釉

 昨日は釉薬を作りました。まずは基礎釉から始めました。我が工房のもっとも基本的な透明の釉薬です。現在は調合済みの釉薬を使っています。昔はすべて手作りしていたのですが。ところが最近、取引していた業者の九州からの撤退、価格の高騰などで、昔のように自分で作る決心をしました。全ての釉薬の元になるものですから大変重要になります。しかしいきなり壁が立ちはだかりました。最も大切な原料が湿っているのです。これでは配合するにしても正しい比率がわかりません。おまけに篩を通りません。濡れていると金網に張り付いてしまいます。重さは水分を考慮して割り増して測ってなんとか計算しましたが、篩が通らないのが困ります。最終的には水を加えて泥粧にした時に通れば良いということでやるしかないようです。大切なのは、釉薬がちゃんと溶けてくれるか。こちらはいきなりうまくゆくということはないでしょう。なんども焼きながら少しずつ調整してゆくしかありません。当分の間は、これまでの釉薬と並行してやってゆこうと思います。遠い道のりになりそうですが。

2022年5月9日月曜日

ヤマアジサイ

 連休も昨日で終わりました。これから雨の季節が待っています。朝の散歩も空を見上げながらになりそうです。いつもの散歩道。毎日のように歩いているのに足元にこれまで見たことのない花を見つけました。姿は白い水仙の先が広がったみたいで、花芯が紫、中央部が濃い青をしていました。新しい発見は毎日の暮らしの中でも見つかるのですね。公園を出たところに家の脇でアジサイの蕾が膨らんでいるのを見つけました。カミさんに言うと、家の道路脇のヤマアジサイはもう花が咲いていると教えてくれました。最近畑にも庭にもあまり行ってません。少し焼き物作りにのめり込みすぎたのかなと思っています。

2022年5月8日日曜日

アロマポット

スパから頼まれた アロマポットを作っています。よく見かけるものよりも大きく、形もどちらかというとアラジンの魔法使いの物語にでてくるようなエキゾチックな感じ。何よりも難しいのは、直接火が当たるので耐熱です。粘土に同量のペタライトという石の粉を加えることにしました。ジンバブエ原産のこの石は土鍋などにも使われています。火には強くなりますが、著しく成形が難しくなります。ボソボソして練るのも苦労します。最初は結局うまくゆかず、一晩置いてなんとか形にしました。けれど、薄く作ることができず重いものになってしまいました。ボディーの部分とアロマの液体を入れるお皿は別々に作って、後から合体して形にします。ろうそくを入れるところは窓を開けて、炎の流れを考えて煙の逃げ道を作ります。この逃げ道、前にサンプルを作った時には花と円の形でしたのですが、月と星にできないかと言われました。とがった形は傷が入りやすく嫌なのですが。作る人間と、注文を出す人間ではどうしても意見がぶつかってしまいます。全て任せてくれたらと思うのですが。今回が、二度目の試作です。試作品だけでもう10個目です。

2022年5月7日土曜日

朝のドラマ

 今週の朝ドラは1971年、翌年の本土復帰を前に、ドルから円に切り替わる。それまで1ドルが360円だったのが300円になるらしい。1ドルにつき60円の損になる。それが700円で交換できるという詐欺に引っかかる兄の話が出てきました。あの時代の混乱を物語る話です。南日本新聞では50年前の復帰の当時を振り返る記事が連載されています。七十二年五月十五日、屋久島に来る2ヶ月余り前に、沖縄が本土に復帰しました。その年、沖縄から焼き物作りの職人が屋久島に来て、窯づくりを指導してくれました。娘さんがアメリカ軍人と結婚して、彼の心には憎悪が植え付けられてしまったようでした。三線を手作りして古い民謡を聞かせてくれました。気がつけばあれから50年。現在はというと、ロシアによるウクライナ侵略。台湾の帰属。竹島、尖閣。朝鮮半島との関係。沖縄の基地の問題。近いところでは種子島における馬毛島訓練基地。どれをとりましても、日々刻々、変化しています。重たい政治判断が必要なことばかり。人が平和に暮らすということがいかに難しいか、改めて考えさせられます。


2022年5月6日金曜日

藤原氏

馳星周の「四神の旗」を読み終わりました。藤原不比等の四人の息子たちと長屋王との覇権争いが主なテーマ。長屋王は敗れて自害に追い込まれる。しかし、その後、四人の兄弟は流行病で次々と斃れてしまう。当時天然痘が猛威を振るったとか。現代の新型コロナとどこか重なる。そして当時は長屋王の呪いという噂が流れたらしい。人が生きるということは常に争いが絶えることはない。これも現代になっても変わることがないらしい。三部作として、三作目は執筆中とのこと。藤原氏の血は今の皇室にも流れている。人は血を受け継ぎ、次につなげながら命をつないでいるということでしょう。

2022年5月5日木曜日

いたちごっこ

先日 、島で宿をやっている人から、朝の食事に出す小ぶりのコーヒーカップを頼まれました。数は10っこちょっとでしたが、ついでだからと50個ほど挽いてしまいました。注文を受けた時、ソーサーのことを聞くのを忘れたことに気がつきました。必要ないのか、とも思ったのですが、念のために作っておこうと夕方余った時間に20個ほど作りました。ところがカップの方は50個できてます。それではと翌日朝から作ったら一日で70個ほどできてしまいました。昨日は合わせて90個、一日がかりで削りました。それでソーサー90枚ができてしまいました。あれ、これだと数が合いません。今日は朝からまたカップを引こうかと思っています。だけど、こんなことをしていたら、いたちごっこではないかと気がつきました。どこかで、止めないとこの仕事から離れることができません。まあ、腐るものではありませんが。

2022年5月4日水曜日

バラ屋敷

 我が家の周りにはバラが咲き乱れています。ほとんどがピンクのノバラ。最初は一本でしたが、種で増えて何本あるのかわかりません。あっ、こんなところにも、という感じ。実生なので一本ずつが微妙に違っています。紅みが強いの、淡いの、密に咲くもの、まばらなのという具合。別に苗を植えた花も咲き出しました。真っ赤なバラにピンクの丸く咲くバラ。中でも王様と言えそうなのがピエール・ド・ロンサールという家の前で咲く花です。クリーム色とピンクの絵の具を混ぜ合わせ、ロウ細工でこしらえたような気品があります。形もザ・バラとでも言いたいような姿。朝のひんやりとした空気の中で健気に花をつけている姿は、生きる元気を与えてくれる気がします。


2022年5月3日火曜日

四神

馳星周の「比ぶものなき」を読み終えて、次の「四神の旗 」を読んでいます。前作は藤原氏の礎を作った男の物語。次作はその四人の息子たちの話です。物語の中で四人の性格を表すのに、土、風、火、水に例えるところがありました。これって、四つ合わせるとまさに焼き物ができるなと思いました。土を水でこねて形を作り、火で焼く。焼くときには風がないと温度が上がりません。日本の歴史には焼き物が常に関わっているようです。土器に始まり埴輪、それから様々な器まで。日本には粘土が取れて、木も豊富です。中国やエジプト、メソポタミアの古代文明は薪を取るための木を伐採し尽くしていつの間にか砂漠化したという学者もいます。日本もこれまで営々と焼き物を作り続けられてきましたが、幸い森は現代でも維持されています。雨が多かったということもあるでしょうが、徹底的に伐採しなかった、日本人の持つバランス感覚が生きているのでしょうか。日本という国も社会も困難を乗り越えて続いています。我々の世代も、絶やすことなく次の世代へと繋いでゆかないといけない。そんなことを思いながら読んでいます。

2022年5月2日月曜日

そら豆

たくさんのとれたて野菜が送られてきました。早速昨日の晩は新鮮野菜が並びました。特に美味しかったのはそら豆。さやごと炙った熱々を食べるとほっくりとして香りが良くて、しあわせになります。我が家の畑は草だらけ。去年の秋からほったらかしです。焼き物作りが忙しくて。そろそろ復活に動き出さねば 。毎朝の散歩で歩く道沿いの新しく開いた畑に色々と植えられているのを今朝見かけました。そのすぐ近くには、別のかたが毎年耕していた畑がありましたが、どうも今年は草で覆われているようです。膝が良くないと聞いてましたが心配です。散歩のコースの終わり頃に、公園の端で屋久島でUFOの記念館を作ろうとしている方がおります。どうしたわけか途中で頓挫していましたが、今朝、重機でならした後がありました。再び建設作業が進むのでしょうか。

2022年5月1日日曜日

臨機応変

 昨日の午前中に前日挽いた茶わっを削ったのですが、午後になって急に日が差し風も吹き出しました。すると、削り終えた茶碗の口が白く乾いてきました。このまま化粧をかけたら割れてしまいます。そこで、大慌てでケースに入れて、上から濡れた布で覆い密閉して一晩おきました。今朝開けてみるとなんとか無事に戻ってくれたようです。前回はここで化粧を流し掛けしたのですが、今日は作戦を変更して、刷毛目掛けに。刷毛目ですと、三回は繰り返さないと厚みが出ません。裏表合わせると六回です。手間はかかりますが、全て壊してやり直すことを考えると、この方法の方がリスクが減ります。それにしても、ほんのちょっとした気象の変化が結果をガラリと変えてしまいます。色々な要素を考えながら臨機応変に工程を変える。難しい仕事だと思います。

2022年4月30日土曜日

禁物

 昨日は大失敗。前日削ったお茶碗に黒化粧をかけたのですが、全部崩れてしまいました。後から考えるとやってはいけないことを重ねてやってしまったようです。柔らかすぎる生地、濃すぎる化粧土、薄く作りすぎ、湿度の高い時にかけた。どれもやってはいけないことばかり。油断でしょうか。大丈夫だろうという甘い見通し。二日半の仕事が全て無駄になってしまいました。悔しいので午後、頑張りました。お茶碗50個ろくろで挽きました。夕方には力を使い切ってしまったようで、晩御飯がなかなか進みませんでした。

2022年4月29日金曜日

高齢

 我が家の愛犬スズは、もうかなりの高齢で、夏が特にしんどそう。去年も、舌を出してハアハア、あっちでごろりこっちでごろり。これで年越せるのかなと心配ししました。獣医さんからは、もう大おばあだからいつ行ってもおかしくないと言われました。そんな中、蒸し暑さにもめげずなんとか毎日の散歩もついてきます。そもそもワンちゃんを飼うきっかけが、我が身の体調不良からでした。朝の散歩のおかげで、今はだいぶ調子よくなりました。しかし、こっちもあれから何年。年を重ねています。同級生の中からも、毎年何人かが旅立ってゆきます。気がつけばそういう年になっているのですねえ。

2022年4月28日木曜日

通常業務

 昨日からロクロ再会。頭の中には新しい作品のイメージが湧いているのですが。とりあえずやらないといけない仕事があります。工房の定番の器で在庫が少なくなっているものから。お茶碗と焼酎カップを先に。作り始めると結構楽しいので、つい夢中に。釉薬の研究もあります。この調子では頭の中のイメージはどんどん薄れてゆきそうです。本当はスケッチでもしておいたら良いのでしょうが。

2022年4月27日水曜日

釉薬作り

 工房の釉薬は全て手作りしています。ただ、原材料の多くは陶芸材料のお店から取り寄せることになります。長い間お世話になった材料屋さんが九州のお店を閉じてしまいました。致し方なく。本社から取り寄せることにしたのですが、4月に入って、価格改定のカタログが送られてきました。その上がり方があまりに大きいので、色々探して他から取ろうと思っています。ただ、材料のうち基本になる釉薬が昔は自家調合だったのを、材料屋さんの調合済みのに変えてしまっていました。これからは全て、原材料から調合し直さなければなりません。まず、今の焼き方にどの調合が合うのか。そこからやり直さないといけません。複雑な作業ですが、手を抜いたつけが回ってきたと考えて、原点に帰って、出発し直そうと思っています。

2022年4月26日火曜日

開放感と読書

 昨日の窯出しで締め切り仕事にひと段落つきました。なんだか急に、肩の荷が軽くなった気がします。久しぶりに買い物に出ました。棚卸しも兼ねて。いつもよりも、動きも軽く。勢いもでて。まあ、買うものはほとんど変わりませんが。ワインと焼酎ハイボールが重くて。ワインといっても、ペットボトルの安物ですけど。今朝も朝一番のトイレで、「やったるでー」と思わず心の中で叫んでしまいました。昨日までは、「アイタヨー。ダイター(あーくたびれた)」でした。今は次の仕事のアイデアで頭がいっぱいです。

ここのところ、読んでいるのは「比ぶものなき」という馳星周の小説です。時代は飛鳥時代、不比等しいという藤原氏を日本の揺るぎない地位へと築きあげた人間の生き様を描いた物語です。実は並行して、梅原猛の「隠された十字架」と読み比べています。二人に共通しているのは不比等という人物が日本書紀を編纂して、皇室の万世一系の系譜を作り上げたとの認識でしょう。日本の歴史に揺るぎない地位を築き上げた藤原氏の姿をこれまでとは違った切り口で描いています。ある意味ではこれまでの歴史観を覆したものでしょう。言論の自由が認められている、日本という国だから書くことができたとも言えそうです。

2022年4月25日月曜日

なんとか

 間に合いそうです。どうにか。最後に残されていた緑のカップ。白化粧の上に緑の釉薬をかけたのですが、化粧の口辺部が怪しいのです。今はくっついていますが、使っている間にぶつけたりした時、ポロリとなるのが心配です。そこで、下の化粧の代わりに白い釉薬をかけることにしました。色がうまく出るか。釉薬を厚くかけたとき浮かないか、心配は尽きませんでしたが、なんとかうまく焼けたようです。取り越し苦労かもしれませんが、物作りは少しでも完璧を求めるものかもしれません。

今、屋根で音がするので、見にゆくと猿が来ていました。追い払ったのですが、また群れが来るようになりました。これから、戦いが始まるのでしょうか。なんとかならないものでしょうか。

2022年4月24日日曜日

家族写真

昨日、カミさんのスマホに届いたお隣の家族写真。なぜか我々夫婦も大きい顔をして写っていました。まあ、ほとんど家族のように暮らしていましたから。ずいぶん若かった頃です。中にはすでにあちらへ行ってしまった顔もあります。カミさんのお腹が膨れてましたから、おそらく長男がお腹にいた頃です。て、ことは40年近く前でしょうか。そんな写真でも一人一人の顔が判別できるのがおかしくて。みんな若かったなあ、髪も髭も真っ黒でした。歳を取っても表情が一緒なのも不思議です。人生なんてあっという間です。 

2022年4月23日土曜日

春雷

 朝からゴロゴロ。天候がよくありません。先日終わったと思った、作品ですが、よく調べると、首をかしげるのが出てきました。そこで、焼きなおすことにしました。月末まであと数日、なんとか間に合わせないと。しかしこの天気では乾きません。そこで窯に火を入れて乾かすことにしました。一日中、雷は近づいたり遠ざかったり。なかなか思うようにはゆかないものです。

2022年4月22日金曜日

朝日記

変わってしまいました。日記時間が。ここにきて、朝ドラを見ながら書いています。七時半からBS見つつ。1964年から急に1971年へと話が飛びます。我が身が東京から屋久島に来た、前の年です。あの頃のことが思い出されます。家を飛び出して四畳半の部屋で一人暮らしをしていたこと。お金がなくて、何をして良いのかもわからなくて。偶然駅で拾ったスポーツ新聞で見つけた屋久島でアルバイト、という文字に惹かれて、どこにあるのかも知らずに飛びついたこと。交通費を手に入れるために、船の荷揚げの徹夜仕事をして手にした8000円のお金を握りしめて、夜行バスと鈍行を乗りついで島にたどり着いたこと。まるで昨日のことのように思い出されます。ドラマの今後の展開が楽しみです。

2022年4月21日木曜日

ギリギリ

 相変わらずのギリギリ人生。月末までの仕事。なんとか焼きあがりました。かなりの難易度でしたが、ギリギリ合格点でしょうか。化粧土が剥がれなかったということは。色はどうしても失敗が許されませんから抑え気味ですが。次は箱詰めと包装が待っています。あとわずか、なんとかギリギリ間に合わせたいと思います。

2022年4月20日水曜日

花事情

「ねえ見て 、窓の外、あれなんて言ったかなあ、覚えられない、いっぱい蕾つけてる。」「えーとあれは、ピピピ・・。」「わあ、大変だあ、スズが・・・。」居間へ行くと、植木鉢が倒れて、ベゴニアが散乱していました。我が家はいつの間にか、観葉植物が増えてあっちこっちに。どっやら長男が育てているようです。工房に向かう軽トラの中で思い出しました。ピエール・ド・ロンサール。

2022年4月19日火曜日

猫のオブジェ

 長いこと庭を守ってくれていた、猫のオブジェが旅立ちました。西部劇に出る、決闘シーンの瞬間を作ったものです。ちょっと帽子を阿弥陀にかぶっています。ジョンウェインのように。クリントイーストウッドは前にずらしてて目深にかぶってましたが。拳銃は腰の低いところにホルスターにさして。子供の頃。モデルガンが欲しくて、質屋のショーーウィンドウに飾ってあったのを毎日のように見に行った思い出があります。お小遣いやお年玉を貯めて、手に入れたのをだいぶ先のことでしたが。それから指にタコができるまで早打ちの練習をしました。そんな大好きだった西部劇のワンシーンを猫で作ったものでした。一目見てお客さんがどうしても連れて帰りたいというので、養子に出すことにしました。長い間庭で雨ざらしでしたが奇跡的に傷ひとつついてません。これから大阪で、どんな人生を見つめてゆくのでしょうか。昨日から、また仏像を作り始めています。

野ばら

 家の脇の野ばらが咲き始めました。ピンクの花ですが咲き始めは濃い紅色です。去年は虫と病気でほとんど花が咲きませんでした。けれど、今年は蕾がたくさんついています。「わらべは見たり 野中のバラ」。思わず口ずさんでしまいます。まさに「紅燃ゆる」。そんな感じです。

2022年4月17日日曜日

季節の味

 今朝は豆ご飯でした。炊き上がったご飯を混ぜていたら大昔のことを思い出しました。山の中で暮らしていた時、、絵描きと彫刻家と陶芸をやっている友人とが居候していました。ある朝、囲炉裏で豆ご飯を炊いたら、あっという間に鍋が空っぽになってしまいました。皆若かったし、腹を減らしていたし、何より大勢で食べた薪で炊いた豆ご飯が美味しかったこと。この前、ご近所からビワをいただきました。早速、朝のスムージーに加わえました。ビワが熟す頃になると、三重県の方から毎年島を訪れるご夫婦がおられました。屋久島のビワが大好きとおっしゃってました。工房の前に何本かのビワの木が育っています。子どもが捨てた種から育っていつの間にか見上げるほどになっています。ほとんど、サルとヒヨドリの餌です。思いついて、残っている実をもいで口に入れてみました。すっぱい、でも、甘い、みずみずしい。体が元気になるような気がします。四季のある日本に生まれて本当に良かったと思います。

2022年4月16日土曜日

春うらら

お天気は晴れ。暖かい日。こんな日はのんびりと過ごしたいところ。が、しかし。そうはゆきません。5時から工房で削り作業。乾燥との競争です。削りまくりました、百五十個、1日作業と思ってたのですが、昼には終了。午後は化粧掛け。夕方、素焼きの窯づめ。1日元気に働くことができました。感謝。

2022年4月15日金曜日

小物

最近、小皿とか ぐい呑のような小さいものばかり作っています。今日は、豆皿とぐい呑を合わせて130個作りました。決して作り飛ばしているわけではありません。どちらかというとゆっくり丁寧に作ったつもりでしたが。それでもこんなにたくさんできてしまいました。おそらく記録ではないでしょうか。蹴り轆轤ですし。工房の定番作品ですから作り慣れているのですが。明日の削りが恐ろしくなります。絶対、腰が痛くなると思います。

2022年4月14日木曜日

百済観音

 最近仏像の写真を見ているのですが、やはり百済観音が大好きです。あの八頭身のすらりとした立ち姿。不思議な存在感。法隆寺で間近で見たときのことを思い出します。なぜか、収蔵館には誰もいなくて、30分ほどでしたが横から前からと対面できました。そして感じたあの感覚。まさに鳥肌がたってしまいました。百済観音は謎の多い仏様です。どこからやってきたのかがまずわかっていません。ほとんど文献も残っておらず、百済観音という呼称も大正時代から始まったようです。作者も不明。わかっていることはあまりなく、国宝になったのもだいぶ後からのようです。ただ制作年代は飛鳥時代で材質はクス。昔は虚空蔵菩薩と呼ばれていたようですがのちに宝冠が見つかったことから観音菩薩だとわかったようです、百済観音という呼び方はどうやら岡倉天心がつけたようです。実はどこか別のお寺から移ってきたのではないかと言われています。法隆寺には仏像の名品がたくさんのこされていますが、そもそも寺の起源から謎に包まれているようです。昔、梅原猛が「隠された十字架」という法隆寺の起源に関する本を著しています。前に一度読んだのですが、本棚に埃をかぶっていたものを探し出して再び読み始めました。一度ですが法隆寺を参拝しましたので、今回はよりはっきりとイメージを描くことができます。しばらく歴史の推理に遊ぶことができそうです。


2022年4月13日水曜日

削り

 今日は削りまくりました。昨日挽いた皿です。昨日調子に乗ってしまいました。合わせて100枚以上。とても終わらないと思いましたが、なんとか夕方には削り切りました。ここにきて体調が戻ってきたようです。去年の秋から疲労がなんとか取れてきた気がします。血圧も正常になりましたし。いつまで続くかわかりませんが、せっかくですし、畑仕事もぼちぼちやりたいところです。

2022年4月12日火曜日

朝ドラ

昨日の朝、偶然朝ドラの第一回をみてしまいました。工房でBS放送をつけたらちょうど始まるところでした。舞台は沖縄。主人公のお兄ちゃんとタメみたいです。ちょっと懐かしい気持ちになりました。どうやら、復帰50年の記念作品とか。ということは、屋久島にやってきたときと重なるわけです。今年で50年ですから。確か1972年ごろに復帰したような。あの年屋久島に来てくれた、沖縄からの職人さんは我が師匠とも呼べる方でした。全てのことを一から学びました。土の練り方、ろくろの挽き方。窯の作り方 、焼き物屋としての生き方全てです。思えばあれから50年ですか。沖縄を舞台にしたドラマ、どんな話になるか、気になります。

2022年4月11日月曜日

マンケル

 ヘニング マンケルのヴァランダーシリーズを読み終えました。この先、書き続けられることはありません。前半の四作は大分前に読んだので覚えてませんが。そのはるか前にマルチンベックシリーズを読んで、スウェーデンの警察小説に馴染みがありました。その後しばらくデンマークの作家の警察物。そしてヴァランダーシリーズに戻ってきたのです。さて、次は何を読もうか、少し途方にくれています。とりあえず、マンケルのシリーズ外のものでも読もうかと思います。ユーチューブにはまって。すっかり小説から離れていたのですが。去年の入院生活からまた海外ミステリーを読むようになってしまいました。昨日の晩はとうとうスウェーデンの田舎町にいる夢を見てしまいました。

2022年4月10日日曜日

スリップ

 今日は小皿にスリップをかけました。スリップというのは白い泥漿をスポイトで描き柄を入れる技法です。イギリスでは伝統的な技法でスリップウェアと呼ばれています。日本では民芸運動を進めた柳宗悦が持ち帰ったようです。現在でも民芸系の作家さんたちが受け継いで、それぞれが独自の表現をしています。この仕事の難しさは、まずは生地との密着でしょうか。濃い泥漿をかけるため、収縮が合わないとバリバリに浮き上がってしまいます。何度も失敗を繰り返しながらなんとかくっつく様になったのですが、土の成分が少しでも変わると、最初からやり直さないとうまくゆきません。今日も果たして上手くついてくれるかドキドキしながら作業しました。乾燥まではなんとか、密着しても、本焼きした時どうなるのか気が抜けません。うまく焼けることを祈るばかりです。


2022年4月9日土曜日

物縁

 昨日、ある作家さんの焼き物を、オークションで落札しました。ダメ元だったのですが。それもびっくりするほど安く。何しろライバルが一人も現れなかったのですから。実はその方の作品、大昔一点買って持っているのです。40年以上前、まだ焼き物の勉強中のことでした。個展で出会ってしまいどうしても欲しくて、分不相応だったのですが、持ち金をはたいて手に入れました。あれから長い年月が過ぎて、昨日偶然オークションで見つけてしまいました。ただ、最近札を入れても、どれも人の手に渡ってばかりでしたので、絶対無理だろうと思っていました。夜中に目が覚めて、どうなったかなと見てみると、誰も入札してません。しかもあと五分となっていました。それで試しに最低価格で入れて見ました。あとで見たらびっくりです。まさかまさかです。大昔個展で買った金額よりもはるかに安かったのですから。しかも、三島の水指。塗り蓋と箱までついています。まさに物縁です。普通は仏様の縁を仏縁と呼びますが、物との縁もあるようです。最近、三島の仕事をあまりしてませんが、これを機にまたはじめようかなと思っています。

2022年4月8日金曜日

彩色

昨日、今日とカップに絵付けをしています。白化粧をかけて、乾燥させた生地に細い針の先で引っ掻いて柄を入れて、色を指してゆきます。使う絵の具は下絵の具。白化粧が、薄く塗った絵の具を吸い込んでまるで水彩画のような淡い濃淡が出ます。使う色はできるだけ薄めの方が優しい色が出ます。この仕事で大切なのは白化粧の厚さ。あまり厚いと亀裂ができやすく薄いと下地が透けてあまりきれいな色が出ません。鉄分の多い土ほど引っ掻いた線がしっかりと浮き出ます。最後は透明な釉薬をかけます。本焼きが終わった後に化粧が浮き上がると全ての仕事がダメになってしまいます。前回もほとんど失敗してしまいました。苦労が全て水の泡。しばらくやりたくなくなりました。けれど、注文が来れば逃げるわけにはゆきません。再挑戦、どうかうまくゆきますように。 

2022年4月7日木曜日

仏の造形

 今朝、散歩中にカミさんが、明日は次男の誕生日だといいました。ということはお釈迦様の生まれた日ということです。今から二十数年前に初めて海外旅行に行ったところがインドでした。その折に、釈迦が初めて悟りを開いたというところにお参りしました。次男のゆかりの場所という気持ちもありましたし、仏教への想いもあってのことでした。何年前だったでしょうか、仏像を作りたくて奈良を訪れたことがありました。あの頃は、朝から晩まで仏像のことで頭がいっぱいでした。奈良から帰って、毎日、土の仏様ばかり作っていました。あの時出会った百済観音が頭から離れなくなってしまったのです。その頃の熱もいつの間にか冷めて今はまた器ばかりを制作しています。ところが最近、あることに気がつきました。あの頃作った仏像が一つも手元にないことです。展示場に置いていたのが、一つまたひとつと人の手に渡っていったのです。この頃また仏像が気になって仕方がなくなっています。先日大阪のデパートである作家さんの焼き物の仏像の個展を見ました。それが刺激になったというわけではないのですが、今ならこれまでとは違った形で仏様が作れるような気がしてきたのです。陶芸人生の締めに、土仏に取り組むのも悪くないかなと思うようになりました。明日の次男の誕生日を前にして、そんな気持ちが湧いてきたのでしょうか。まあ、いつもの思いつきで終わってしまうかもしれませんが。

2022年4月6日水曜日

心穏やか

ここのところ、人間関係でギクシャクが続いています。今日はなんとなく平穏な一日になりそうな気がして、息子に「心おだやかに過ごせそうだね」と口にしてしまいました。ところが、人生はそんなに甘いものではないようです。午後来た若いお客さん。いきなり奥の作業場まで来て、土はどこのを使っているかとか、窯はなんの窯かとか、しつこく根掘り葉掘り聞いて来ます。ついうるさくなって、大きな声を出してしまいました。説明はしてあげたのですが、執念深く、人の話をまともに聞く様子がありませんでした。誰かに、何かを吹き込まれて来たのでしょうか。しばらく工房の作品をガチャガチャ触っていましたが、「帰ります」と言い残して出てゆきました。普通は、手を止めてすみませんでしたとか、ありがとうございましたの一言あるものですが。はらわたが煮えくり返ってましたが、しばらくすると、言いすぎたかなとか、大人気なかったかなとか、いつもの反省です。どうして心を乱すようなことばかり起きるのでしょうか。それとも、ただ歳をとってこらえ性がなくなっただけなのでしょうか。

2022年4月5日火曜日

乾燥

急に空気が乾いてきました。昨日から。きのうロクロ作業で作った、カップが今朝は口が乾き始めていました。今回のは白化粧をかけないといけない仕事なのですが。化粧どころか削りも苦労する有様。プラスティックの密閉容器に入れて口辺部を濡らして 少しずつ柔らかくしながら、作業を進めます。化粧の仕事は乾燥の度合いが勝負。経験が試されます。果たしてうまくゆくのやら。

2022年4月4日月曜日

アゲインスト

 今日はどうも向かい風が吹いているようです。なんか、やることが裏目というか、ギクシャクというか、思う方向に進みません。こんな日はついついネガティブになってしまいます。でも、世間の人は前向きというか、めげないというか。ついてゆくことができません。まあ、スキーのジャンプでは追い風では遠くへ飛ぶことができないようです。逆風が上昇気流を起こしてくれるようです。立ち向かう力も、アゲインストでこそ湧き上がるものでしょうか。

2022年4月3日日曜日

束の間

 久しぶりの陶芸体験でした。昨年以来です。しかし、またまた体験はしばらく休業です。ここのところのコロナ陽性者の増え方が異常ですから。残念ながら。まさに束の間。なんとかならないものでしょうか。

2022年4月2日土曜日

花冷え

花冷え。 昔から桜の咲く頃に訪れる寒い日をこう呼ぶようです。ちょっと前なら、シートを敷いて、酒を飲んで体を温めて馬鹿騒ぎしたのでしょうが、コロナの中では、しみじみと冷たい風に身をさらすのみです。思い出すのは次男が生まれた時、あれはお釈迦様の誕生日、花祭りと言って、甘茶でお祝いしたものでしたが、今ではそんなしきたりもすっかり廃れてしまったようです。次男が生まれてすぐに、日赤医療センターの未熟児治療室というところに移され、生きても数週間と宣告されて、桜の下でお花見している人たちを横目で見ながら、あんな風に楽しそうに過ごすことは一生ないんだろなあと、暗い心で過ごしたものでした。あれから37年、次男はまだ家族としてしっかり一緒に過ごしております。何度もギリギリの瀬戸際に追い込まれましたが、その都度、奇跡の復活を遂げて現在に至っております。人の運命とは不思議なものです。今ではどちらが先だろうと思うようになりました。かくいう我が身も、ここ数日体調がすぐれず元気が出ない日々でしたが、ようやく、復活に兆しが見えてきました。おそらく、頑張りすぎた疲労が溜まっていたのでしょう。これから次々と春の花の頃、体調を整えて、季節とともに、春を愛でてゆきたいものです。


2022年4月1日金曜日

コロナ禍

 ここのところ、屋久島では二桁の新規感染者が発表されています。ほとんどがクラスターのようです。おそらく氷山の一角で、実際のところははるかに多い感染者が出ていると思います。次男が通っている通所施設でも新規感染が出て、今日は病院に検査に行ってきました。幸いにも陰性でしたが、あと一歩で家族も濃厚接触者になるところでした。PCR検査は島では一箇所だけ、一時間近く離れた病院でしか受けることができません。これまで近くの診療所で受けていたのは抗体検査だったようです。抗体検査は発熱がないと受けられないとか。でも前に。鼻水が出ただけで無理やり受けさせられたのですが。あれは一体何だったのでしょうか。システムが変わったのか。よくわかりません。遠いので施設でまとめて車を出したようですが、その途中で感染なんてことにならないか心配になります。うちではカミさんと二人で連れて行ったのですが、もし次男が陽性だったら、どういうことになったのでしょうか。現場も混乱しているようで、病院、保健所、診療所、施設と対応の追われていることでしょう。個々のケースにより難しい判断をしなければならないでしょうから。ここにきて第七波が押し寄せている気配があります。空港の駐車場も混雑しているようです。人は動かないと生きてゆけませんから。

2022年3月31日木曜日

次へ

 昨日、早速、注文品の画像を再送信してもらいました。本当に便利な時代になりました。まず、土を作るところから始めました。土練機を回して。最近あまりやっていない仕事の、スリップウェアーや彩色の器が多いので、まず化粧土との相性を合わせるところからはじめないといけません。土は配合を変えなくても、時間が経つと微妙に粒子や成分が変わってきます。ほんの少しの変化が、化粧の剥がれや釉薬の剥離につながってしまいます。ですからまずはしっかりと焼成試験をしておかないと、最後に泣くことになります。今日は、スリップウェアーの試作品も作ってみました。水分の含有率、化粧の粒度、どれを取っても微妙なさじ加減が必要難しい仕事です。

2022年3月30日水曜日

春の味覚

 昨日の晩ごはんは鯛めしでした。ラジオのパーソナリティーの話を聴いていたら、無性に食べたくなって無心したものです。街に出たらちょうど鯛のアラが売っていたとか。美味しかった。おかずは新じゃがの煮付け。お隣からいただいたものの中から小ぶりのを選んで、皮付きのまま茹でて醤油で和えたもの。しっとりほっくりとした食感で幸せになりました。春は植物たちも一気に育ち始めます。四季のある日本に生まれてよかったとつくづく感じます。朝の散歩が気持ちの良い季節になりました。

2022年3月29日火曜日

納品

今日、ホテルに納品してきました。秋からの仕事が全て完了です。長かったようなあっけないような。工房を片付けて、次の仕事の準備を始めました。四月の末までの仕事です。毎回、メールで注文を受けているのですが、どうしても画像が見つかりません。だいぶ前にサンプルを送ったもので、手元にも残っておりません。サーバーにも見つけられないと息子が頭をひねっています。 致し方なく、もう一度送り直して欲しいと依頼しましたが。コンピューターには思いがけない落とし穴があるようです。便利なアイテムですが、アナログ人間にはついて行けないことばかりです。大昔、初めてフックスが届いた時には何が起きているのか不思議でなりませんでした。実は未だにわかってないのですが。

2022年3月28日月曜日

及第点

 なんとか無事に焼きあがりました。及第点をあげてもよいでしょう。ただ、はっきりいうと置きに行った感は否めません。失敗しいないように。野球でいうと、ギリギリの際どい球でなんとか討ち取ったというような感じ。打たせて取る。なんにしても、これで乗り切れたように思います。

2022年3月27日日曜日

山場

 どうやら山場は明日のようです。ホテルからの注文の器作りも。最後の最後に難しい仕事を残してしまいました。もっとも釉薬がよれやすいのです。下地の白、その上に厚くかけるグリーンの釉薬。厚すぎるとよれるし薄いと発色が良くありません。実に難しい仕事です。もしうまくゆかない時は、謝罪して納期を伸ばしてもらうしかありません。何しろ、年度末。新年度の四月から使いたいということです。ギリギリです。うまくゆくのかドキドキヒヤヒヤ。この仕事、体に良くありません。本当に。

2022年3月26日土曜日

警報

朝から大雨の警報が発せられました。1日で1ヶ月分降るとか。心配しましたが、この地域はそれほどでもありませんでした、おそらく、場所によるのでしょうが。 それよりも船の欠航が心配です。スーパーの棚がガラガラとか。もう何日きてないでしょうか。特にパンは全くないそうです。近頃は島の人もパンを好むみたいです。パン屋さんにゆけば良いのでしょうが。昔、はまって焼いていたのですが。最近焼くのは焼き物ばかりです。当たり前の話ですが。趣味がすっかり減ってしまいました。畑にももう何ヶ月も足を踏み入れてません。そろそろ、のんびりと過ごしたいと思うのですが。

2022年3月24日木曜日

春はあけぼの

朝から青空が広がりました。足元の土はまだ湿っていましたが。空気が心地よく、山ではウグイスが鳴いています。工房の入り口ではフリージアが紫の花をつけています。昨日、気の早いナニワノイバラが一輪、咲き始めました。ここのところの雨もようやく上がり、心も軽くなります。昨夜は次男の攻撃であまり寝ることができませんでしたが。足で締め付けられて。彼も一晩中起きていたので、朝からピクリとも動かずに眠りについています。体温がやっと平熱に戻って、元気も出てきたようです。弱っていた時はおとなしかったのですが。最近公園に他所からの車で泊まっているのを見かけます。おそらく、屋久島に車で遊びにきたのでしょう。まん延防止も解除になって、春に誘われて遠出したのでしょうか。何年か前、今の時期にハコバンが農道に停められて、朝からイマジンが流れていたのを思い出しました。夜が明けて行く海を眺めながらの目覚めは気持ちが良かったと思います。午後には、もう雲が覆ってきましたが。

2022年3月23日水曜日

強制乾燥

今日も雨模様。悪天候が続きます。らちがあかないので、工房の中で乾かすことにしました。石油ストーブを二台。扇風機を回しエアコンのドライをかけました。これでもかというくらいの強制乾燥です。夕方にはほぼ乾いたようです。何しろ時間がありませんので。月末までになんとか焼き上げねば。ドキドキです。

2022年3月22日火曜日

器職人

ロクロの小鉢を仕上げた後、五角の鉢の釉薬がけの準備を始めました、まさに器職人です 。昔はそう呼ばれると腹が立ったものですが。今は自分でそう思います。この五角形の仕事の依頼が来た時、こんなのできっこないだろうと思いました。ネットから写真が送られて来たのです。どうやったらできるのかこれまで培った経験を総動員して試作してみました。それから何度も制作を繰り返し、なんとか試作品ができた時の喜び。しかしそれでは終わらなかったのです。重すぎると軽くして、重ねが利くように。使っていて簡単に欠けないようにと少しずつ改良しています。まだまだ完璧とはいえませんが、だいぶ感じがつかめて来ました。おそらく一生これで良しというものはできないでしょうが、それが職人というものだと思います。生涯勉強です。

2022年3月21日月曜日

削り

 朝、四時起きでロクロに向かいました。小鉢を挽くためです。そして、夕方には削り終えました。その日に挽いたものを削ってしまうなんて。長い陶芸人生でも記憶がありません。おまけに雨降りです。ベランダに出していたのですが、濡れそうなので、部屋に取り込んでエアコンで除湿しました。それでもなかなか乾いてくれません。かなり無理をしてしまいました。予報では雨が続きそうです。困りました。窯の中でバーナーで乾燥しようかとも考えています。この時期、余り好天が続くことは少ないようです。どうしたものか、悩んでいます。

2022年3月20日日曜日

やり直し

 昨日まで二日がかりで作った器が大きく作りすぎていました、午前中にほぼ半分を削ったところで気がつきました。計測し直すと8ミリ酷大きすぎました、計り間違ったのか定規を当て間違えたのかわかりませんが、やり直すことにしました。しかし時間がありません。あと十日しか。昼休みも取らずに作り始めたのですが、そんな時に限って、お客さんが来てくれます。その度に手を止めなければなりません。内心ドキドキしながら相手をしました。間に合うのか、神のみぞ知るといった気分です。まあ、自分で招いた過ちですから、責任は間逃れません。どうぞ、見捨てないでくださいませ。

2022年3月19日土曜日

副反応

 大阪から戻って一週間が経ちました。その日にカミさんと次男が新型コロナの3回目のワクチン接種をしました。カミさんは一晩寝込んでで元に戻りましたが、次男の方が熱が下がりません。ひどい時には39度を超える熱。先日あまり長く続くので診療所に連れてゆきました。PCR検査と採血をしましたが、様子を見ましょうということでした。もともと基礎疾患があるのですが、2回目まではこれほどひどいことにはなりませんでした。このまま回復するのか心配になります。そんな中、政府では4回目のワクチンの準備を始めたようです。果たして次男にこのまま打たせても良いのか、迷っています。まさかワクチンで死ぬことはないと思いますが。どう対応したら良いのか、難しいところです。大阪から戻って、次男とは寝室を別にして、近づかないようにしてきましたが、昨日から一緒の部屋で寝ることにしました。隣で寝息を聞いていると、心が落ち着きます。家族のありがたさが身にしみます。

2022年3月18日金曜日

春の嵐

昨日から、大雨の予報が出ていて、山に向かうバスは朝から運休のようです。海も大時化でフェリーーも欠航。したがって航空機のダイヤも乱れているようです。そんな中、大阪から器たちが戻ってきました。嫁にゆかなかった子たちです。屋久島でも少しずつコロナの収束にしたがって、お客さんも増えてきました。明日からは連休ですし。寒の戻りとかで、関東では冬に逆戻りとか。暑さ寒さも彼岸までも言います。嵐の向こうには春が待っていることでしょう。 

2022年3月17日木曜日

次へ

 朝、大阪の百貨店の担当の方から、お疲れ様というメールをいただきました。昨年の秋から準備してきた疲れは残っているのですが、ゆっくりもしてられません。次へと動き出しています。月末が締め切りの器作りです。昨日は小鉢を130個、ロクロで挽きました。今日は削りです。その前に、残り少なくなった化粧土を作ってから。夕方までになんとか削り終えました。本当はロクロ作業よりも削りの方が時間がかかるものですが。かなり頑張りました。明日の朝は診療所にゆかなければなりません。先日次男がワクチン接種したのですが、いつになっても熱が下がりません。やはり、3回目は副反応がきついようです。なんとか平常に戻ってほしいものです。

2022年3月16日水曜日

モッコウバラ

 庭の片隅でモッコウバラが咲いています。今年は例年にない花の数です。秋に、ペンキ屋さんが足場を組むのに邪魔になるからと、思い切って切り詰めてくれました。植物は、強く剪定すると刺激されて、成長するといいますが、まさにその通り。例年可愛そうでなかなか切れませんでした。モッコウバラはトゲがなく黄色い花をつけてくれます。白い花のもありますが、こちらは成長が遅いようです。このバラが終わると次はナニワノイバラが咲いてくれます。白い一重のバラでトゲが鋭く、畑に下りようと服に引っ掛けて毎年難儀します。ナニワとついてますからおそらく大阪方面で見つかったバラでしょう。最近あちらに行ったばかりで、愛着を感じます。この後、我が家の庭はピンクのノバラが次々と咲くことでしょう。庭じゅうで増えて株がどんどん席巻しています。野菜畑にもタネが飛んで去年から大きくなっています。気がつけば我が家の庭は、デュランタとノバラでいっぱいです。春は花に囲まれて幸せいっぱい。放任ガーデンなのですが。

2022年3月15日火曜日

物産会終了

 昨日の最終日で無事、九州物産会が終了いたしました。後半の土曜日曜はお客様とお目にかかることができませんでしたが、大勢の方がおいでくださったとのこと。ありがとうございました。それぞれの方の手に渡った器たち、どうか末長くご愛用ください。終わってみて、思いがけない反響に感激するとともに、これからの課題も浮かんで参りました。よりブラッシュアップして魅力的な器になるよう研究を積み重ねたいと思っております。改めて陶芸の難しさにも気がつきました。陶芸には二つの側面があると思います。一つはデザイン性。より多くの人に伝える世界。もう一つは芸術性です。自分自身を掘り下げ、たった一人でも心に深く刻みつけてもらえる創造。この二つの要素がバランスよく器に込めることができたらと願っております。また、機会がありましたら、もう一歩進んだ仕事をお見せできるようにこれからも努めて参りたいと思っております。

2022年3月14日月曜日

春です

 五月の陽気とか。着ていた服を一枚ずつ脱いでゆきました。突然の春真っ盛り。ビニールハウスの温度が上がりすぎて、慌ててめくりあげました。一週間前はコートがなくては寒くて仕方がありませんでしたのに。朝から一日、本焼きの準備。夕方、大阪から電話が入って、土日は特に忙しかったようでした。今日が最終日、販売の方達、皆さんよく頑張ってくれたようです。明日からまた、しっかりと制作を積み重ねようと思っております。

2022年3月13日日曜日

半分大阪

昨日、午後からボツボツ仕事を始めたら、息子が、「もうやってるのか」 と呆れ顔。そのために早く帰ってきたのだし。ホテルから、追加の注文が入って、月末が納期。それに、前に作った五角の鉢も焼き上げなければなりません。ゆっくりしている時間はないのです。ただ、体は屋久島ですが心はまだ半分大阪に残っています。今日は日曜日。おそらく人出も一番多いのではと思います。販売員の方たち、無事にお客様の相手をしてくれているかなとか、ストックの作品の場所わかるかなとか心配が尽きません。年寄りの取り越し苦労だとは思いますが。デパートというところは、裏から見ると戦場のようなところだと思いました。華やかな世界には必ず裏があります。そこで働いている大勢に支えられて、成り立っているのですね。九回の催場と地下の食料品売り場はごった返していますが、そのほかのフロアーはセレブでラグジュアリーな世界が広がっています。こんなところでゆったりと買い物、憧れます。しかし今回の九州物産会はエレベーターを下りた途端にまるでお祭りのような活気のある空間が広がっています。各地から集められた人気店が軒を並べて競い合っているのですから。期間も一週間、販売する方も気合も入りますが、お客様も期待に胸膨らませているようです。特に目的のうまいものを求めて。その場所へのアプローチとして、我々、地場の手作り産品が花を添えるという構造のようです。レイアウトも人の流れを読んで、少しずつ心を浮き立たせるように巧みに構成されています。我々物作りは、メインストリートに導く引き立て役でもあるのです。




初めて、販売側からの目線に立って感じたことは、日本人が持っているお祭り好きの気質を、ぐっと凝縮したものが物産の会だということ。そこでは販売員のエネルギーと買い手のエネルギーがぶつかり合ってより大きなカオスが生まれるのでしょう。どこか子供の頃の縁日のワクワク感が蘇ってきました。おそらくこれからも絶えることなく形を変えながら、続いてゆくことでしょう。ちょっとだけですがそんな場の片隅に立つことが出来たことは幸せな経験だったと思っています。

2022年3月12日土曜日

帰島

 ただいま。島に帰ってきました。朝早く大阪市内を出て昼過ぎには屋久島に着きました。大阪での人ごみが嘘のように静まり返っています。阪急梅田店での九州特産の会はまだ終わってませんが。実は、今日と明日の土、日がお客様のピークのようです。まるで戦線離脱のようですが初めから三日間だけ売り場に立つ予定でした。70過ぎでほとんど引き篭りの年寄りにはそれが限界かなと思っておりましたので。それでも三日間、店頭に立たせていただくことができました。大都会の真ん中で、大勢のお客様とお話をすることができて、今となるとまるで夢のようです。まん延防止条例が延期する中で、まさかこれほどの人出があるとは思ってもいませんでしたし。聞くと、催事の中でも九州と北海道がダントツの人気とか。次から次へとおとづれるお客様の波はまさに凄まじいと感じました。鹿児島で人気のお菓子の店の前には長蛇の列ができておりました。九州各地で人気の店が集まっていて人の流れが絶えることがありません。目当てのお店に向かうお客様が、通りがかりに目についた青い器にふと足を止めて、きれいねという言葉がこぼれると、頑張ってきてよかったという思いがあふれてきました。三日間で色々なお客様と話ができて、学ばせていただくことも多くありました。生の声に接することがこれほど刺激をもらえるとは。仕事の方向へのヒントもたくさんいただきました。実は、今回お話をいただいた時にはそれほど乗り気ではなかったのですが、思い切って、前向きに取り組む決断をして、今では本当によかったと思っています。何事もやってみなければわかりません。チャンスは与えられるものではなく、掴み取るものだと改めて思いました。この経験を次の仕事に生かしたいと思っています。現在開催中の、阪急梅田店、9階催事場での「春の九州物産の会」はあと三日、土曜、日曜、そして月曜日は午後6時まで開催いたしております。お近くの方で興味をお持ちの方は、九州の絶品グルメをお求めのついでにお立ち寄りいただけたら幸いです。

2022年3月7日月曜日

朝一

 あさいちで近くのホテルの厨房の人たちが見えました。去年から取り組んでいた器に、小鉢も加えたいとか。今晩の食事会の結果次第のようです。決まれば、大阪から帰ってすぐに取り掛からないといけません。期限が月末とのことですから。今日、大阪に向かって、明日が搬入、そして明後日から三日間、売り場に立って、そのあと引き返してきたらすぐ作り始めないと間に合いそうもありません。決まって欲しいのと、少しゆっくりしたいのと。いずれにしても成り行き次第ということでしょうか。気にかけてもらっている間が花というものです。


2022年3月6日日曜日

前日

 いよいよ明日から大阪です。息子は、心配で今もできれば変わりたいと言っています。歳が歳ですから心配するのもわかりますが。ただ、もともと出身が東京ですから全くの田舎育ちでもありません。大昔の話ですが。まして全く土地勘がない大阪。とりあえずホテルにたどり着けるかどうか。その前にやらないといけないことがいろいろあります。作品のリストも手で書きなぐったものしかありません。工房の名札もまだ完成してません。デパートから送られてきた、販売員の心得もちゃんと読んでません。そこには社外秘の符牒もあるようです。好き勝手に生きてきたので、社会人としてのルールも全く知りませんし。まあ、心配していても仕方がありません。なるようにしかなりませんから、楽しんできたいと思っています。

2022年3月5日土曜日

静かなる

 つい数日前までが嘘のように静かなる日々を過ごしております。大みそかも元旦も働いていたのが。今、大掃除とはゆかないまでも、あっちこっち綺麗にしています。展示場の拭き掃除をしたり、床に敷き込んだ、窯を壊した時の耐火煉瓦を磨いたり。ベトナムで手に入れたパッチワークの大きな布も洗濯機で汚れを落としました。そして、今日もヴァランダーシリーズを読んでいます。最後の作品の前に発刊された短編集です。シリーズが始まる前のヴァランダーのものがたり。どういうきっかけで刑事になったのかを、後から描いた物語のようです。この話の最後の言葉が心に残ります。「死ぬのも生きることのうち。人生に素晴らしい時があるように、死ぬにもふさわしい時がある。」

2022年3月4日金曜日

マンケル

 ヘニング・マンケルの警察小説、クルト・ヴァランダー シリーズの最終作を読み終えました。なぜ最終作かというとマンケルがこの世を去っていたからです。タイトルの「苦悩する男」とは娘の相方、小説の中では結婚していないが女の子を設けている彼氏の父親のことです。元、潜水艦の艦長。国際スパイ小説といえそうです。ヴァランダーは60歳の定年が近づき、奥さんとは離婚して、糖尿病とアルツハイマーに苛まれているようです。実はその前に読んでいたデンマークの作家の書いたカール・マークシリーズが十巻シリーズの八巻までで追いついてしまい、次に何を読もうかと迷っていたところ、ヴァランダーのこの作品がキンドルで推薦されていたのです。このシリーズは昔、読んでいたのですが、なぜか途中で離れていました。スウェーデンとデンマークは国境を接し、パスポートなしで行き来できるごく近い国です。ヴァランダーも車でコペンハーゲンと往復することもしばしばです。舞台は冷戦終了後の海軍、ロシア、アメリカ ドイツなどの国が複雑に絡み合って、まるで現在のウクライナでの戦争を予感させるような展開を見せます。ヴァランンダーは作者のマンケルと等身大で描かれています。スウェーデンを代表する警察小説の作者が隣国のカール・マークシリーズを意識しなかったのかなと思っていたら面白いことに気がつきました。ヴァランダーが飼いはじめた犬の名がユッシ。なんとカール・マークシリーズの作者の名前と一緒。年齢もユッシが1950年生まれ、マンケルとほぼ同年代のようです。そしてかくいう私めも同じく1950年の生まれです。マンケルは一足先に逝ってしまいましたが・・・。

2022年3月3日木曜日

告知

昨日までの慌ただしさとは打って変わって、静かな一日です。足りなくなった釉薬を三種類、作り足して、手書きでプライスカードを作ったり、簡単なサインボードを印刷したりとゆったり過ごしています。ここで迫ってまいりました、物産展の告知をさせていただきます。会期は三月九日から十四日まで、会場は阪急梅田本店9階催場となっております。催しのタイトルは「春の九州物産大会 」です。屋久島からは初日の九日から十一日までの三日間、売り場に立つ予定です。70過ぎの爺さんをお見かけいただきましたら、お声をかけて下さい。今回のテーマ「世界自然遺産に選ばれた地域を中心に」ということで、お声をかけていただき出品することにいたしました。屋久島からは他に、鹿肉料理の「ジビエ天国」と苔玉の「ヒュッテ・フォーマサンヒロ」さんが参加いたします。近頃はほとんど島から出ることなく、引きこもり状態でしたので、大都会の雰囲気もすっかり場違いとなってしまいました。手の骨折入院から退院して、十一月から、この展示会に向けて全力で取り組んでまいりました。今年は屋久島での、作陶五十年でもあります。すっかり歳をとってしまいましたが、大きな節目でもあります。薪窯での焼締でスタートいたしました作陶生活も現在では青や緑の釉薬を中心に。今回初お目見えのラスター釉の小壺なども出品いたします。お近くの方は、ぜひ足を運んで感想などをお聞かせいただけたら幸いです。新型コロナのまん延防止も延長になり、海外では激しい戦闘も起きております。何かと落ち着かない日々ではございますが、島の豊かな自然から生まれた器で、ひととき心を癒していただけたら幸いです。

2022年3月2日水曜日

荷物出し

 今朝、出てゆきました。デパートに送る荷物です。あとのガランとした様子。荒れ放題だった工房を、元に戻すため片付けました。すっかり整理を終えると、今までのことが夢のようです。昼頃お客さんが来たり、体験の問い合わせが来たり、まるでなにもなかったかのようです。ここ数ヶ月が夢のよう。日々やるべきことを、しっかりと進めてゆこうと思います。


2022年3月1日火曜日

形成

形成外科に行ってきました。骨折後の経過観察です。前回は先生から「いいですよ」とおっしゃってくれたので期待してましたが、レントゲンの結果はあまり変化が見られません。ただ、割けて尖っていた骨の先が少しずつ溶け始めているようでした。先生は「リモデル」とおっしゃってましたが、必要のない骨を溶かして形を元に戻しているとのことです。なかなか、復元には時間がかかりそうです。次の診察は六月とか。三ヶ月後です。こんな時期です。三ヶ月先、一体世の中どうなっていることやら・・。 

2022年2月28日月曜日

二月

 今日で終わりです。二月も。今年もすでに6分の一が過ぎました。昨日は疲れがひどくて、晩の食事も、水のように薄いお酒もほとんど体が受け付けませんでした。とにかく眠りたくて。早く布団に横になりました。今日になって少し元気が出てきました。1日の荷造り作業で、だいぶ先が見えてきました。同時に、これから先、どんな仕事をしたものか、そろそろ考え始めています。思い返せば、秋から必死で制作してきましたが、それも過去のこと。これからどこに向かってゆくのか、今後を見定めようと思っています。

2022年2月27日日曜日

腑抜け

 きのうの午後から、眠くて眠くて体もだるくて、気力も萎えてしまいました。最初は、ワクチンの副反応が遅れて出たのかとも、思いましたが、どうも気が抜けてしまったようです。気が抜けている時ではないのですが。作品作りが終わって、ホッとしてそうなったようです。荷造りも終わってないというのに。気力、体力を制作で使い切ってしまったのでしょうか。それでも、体に鞭打って荷造りしてますが。ここにきてわかったことですが、どうも作りすぎてしまったようです。割り当てられたスペースにとても陳列できそうもありません。先日は、ある人の情報で、デパート近辺の人通りが閑散としていたということも聞きました。そりゃそうですよねえ。現在、蔓延防止が延長になったところですから。6日まで延長とか。物産展は三月九日から始まります。残すところ、一週間ちょっとです。その頃一体どうなっているのか、不安だらけです。

2022年2月26日土曜日

荷造り

 今日から本格的に荷造りに取り掛かりました。今回の大阪、梅田阪急百貨店での「春の九州物産大会」には屋久島から当工房の他にも、苔玉を作っている方と、島でジビエ料理のお店をやっている方が出店されます。今回のテーマが世界自然遺産の選ばれた九州の物産ということで、屋久島以外にも奄美大島をはじめとして幾つかの島の物産も出展予定とのこと。そろそろ他の方達も準備を始めているようで、苔玉制作の方から電話をいただきました。いつ頃送る予定かとか、いつ大阪にゆくのかその他いろいろ相談を受けました。みなさん、初の出店のようで勝手がわからず、頭を痛めている様子です。苔玉は生き物ですし、ジビエは冷凍で送るようなので、焼き物屋にはわからない苦労があるようです。焼き物も壊れないように、しかも取り出しやすく、一箱が重すぎないようにと色々苦労があります。ここにきて、新型コロナがどうなるのか、世界情勢も気になります。ウクライナ情勢がダイレクトに影響するとは思いませんが、それでも人の心は微妙なものです。このような時期に果たして、こんなことしていても良いのだろうか、色々自身に問いかける日々を過ごしております。

2022年2月25日金曜日

棚卸し

 今年初めての棚卸しでした。一月はカミさんひとりに行ってもらいましたから。その時だいぶ在庫が減っていたのですが、補充ができませんでした。何しろ、物産展の作品作りとホテルの注文品に追われていました。やっと、ここへきて少し余裕が出てきました。どれぐらいぶりでしょうか、こんなにゆったりとした気持ちになったのは。もうやれることは全てやりました。あとは荷造りをするだけです。ただ、普通の荷造りとちょっと違います。出し入れがしやすいよう、あまりガチガチに包装するわけにはゆきません。だからと言って、割れてしまっては元も子もありません。産地の窯元さんは、コンテナーに入れてそのまま送ってくるとのこと。我が工房では段ボールの箱で送ります。コンテナーよりも深いので、上からの重さで壊れない工夫をする必要があるのです。なかなか簡単にはゆきません。時間がどんどん過ぎてゆきます。

2022年2月24日木曜日

荷造り

ぼちぼち荷造りを始めました。まず、屋根裏から段ボール箱に入れておいた作品を下ろして、どれをいくつ持ってゆくかというところから、始まります。ずいぶん前に作った器は、どんな出来だったのかすっかり忘れています。取っておいた中から選んで、値段をつけます。それがまた大変です。送料もかかりますし、デパートの取り分もありますから、ここと同じというわけにもゆきません。かといってそんなに高い値をつけるわけにもゆきません。悩みどころです。限られたスペースにどうやっておさめるか、次々と悩みが湧いてきます。長いこと、島から出なかったツケが一気に襲ってきました。 

2022年2月23日水曜日

三度目

ワクチン接種に行ってきました。今回は足を伸ばして病院です。近くの診療所だと先になって、大阪行きに間に合いませんから。病院では初めてですが、だいぶ要領が違っていました。それに、今回のはモデルナ製です 。ファイザーよりも熱が出やすいとか。今晩が心配です。でも、できることはやっておきたいのです。我が家には基礎疾患のある子がいます。あの子だけはなんとか守ってあげたい。そんな気持ちでいっぱいです。誰の心も一緒だとは思いますが。この危機を無事乗り越えるために、頑張ろうと思います。

2022年2月22日火曜日

御三家

 西郷輝彦さんが亡くなりました。中学生の頃、よく聴いていました。我が郷土の先輩ですから。ただ、あの頃は、祖父の故郷鹿児島にそれほど深い思い入れがあったわけではありません。食事はさつま汁とかよく食べたものでしたが。四谷に住んでいましたから、どちらかというと御三家の中で舟木一夫の方が近く感じていました。あの人。同じ四谷に住んでいましたから。一度、一緒に草野球をやった思い出があります。今の迎賓館。当時は国会図書館だった建物の前に三角原というグランドがあって、そこで遊んでもらったのです。西郷輝彦は太い眉とくっきりとした目がいかにも薩摩の人という感じで、懐かしい面影が印象的でした。橋幸夫は四谷から引っ越した杉並の西荻窪、善福寺公園と言うところの池の前に豪邸がありました。あの家が橋幸夫の家よと教えられたものです。今となっては懐かしい思い出ばかり。思えば遠くへ来たものです。

2022年2月21日月曜日

花生け

今日も一日花生けの釉薬掛けです。だいぶイメージがまとまってきたように思います。先日試しにラスター釉というのをかけてみたところ、格好良く、なかなかオシャレに焼きあがりました。ただ、ちょっとオシャレすぎる気がして、悩んでいます。何しろ島の焼き物屋ですから。少々野暮ったいぐらいがちょうど良いのではと。島の自然を感じてもらえるような、そんな感じが良いのではと思ってみたり。最近、いろいろな作家さんの仕事をネットで調べたりしています。中には亡くなっていることを知ったりします。全く浦島太郎のような暮らしをしていますので、世間のことに疎くなっていることを改めて知らされています。 

2022年2月20日日曜日

花瓶

 物産展の作品もそろそろ大詰めに近づいてきました。これまで準備したのは食器がほとんどです。あとは小ぶりの花瓶や小壺を焼こうと思います。一応形は作っておいたのですが、どんな釉薬で色をつけるか。思い浮かびません。器の方は青やビビッドなカラーが多いのですが、花を入れる器は落ち着いた色でないと、花が生きません。そこで昔作ったブロンズ色の釉薬を奥の方から探し出しました。ただその釉薬、長い間使ってませんでしたから濃度や使い方を忘れてしまっています。試しに焼いてみた方が良いのでしょうが、もう時間がありません。ぶっつけ本番でやることにしました。最近、そんな仕事が多くなっています。何しろバラエティーをつけたいのですが、手持ちの釉薬は限られてます。だから、一か八かの勝負になってしまいます。せっかく一生懸命に作ったものたちですから、ひどいことにならないと良いのですが。

2022年2月19日土曜日

緊張

 昨日は寒気がして暖房をつけたりしました。今日は朝からお腹の調子が悪く、寒気もして体が重くて仕方がありません。風邪かなと思ったのですが、一つ思い当たったのが緊張です。実は腸が敏感で、例えば苦手な人が来るとわかった途端にお腹を壊すほどなのです。もしかすると、大阪行きが近づいて緊張し始めているのかもしれません。まだ二週間も先だというのに。航空券の手配も終わり、宿も予約を取りました。いよいよ、迫ってきたという実感に体が反応したのかもしれません。思えば島から出たのはなん年前でしょうか。確か娘が結婚式を挙げた時以来かもしれません。まさに引きこもり爺さんです。そんな年寄りがいきなり、大都会、大阪で人混みに紛れるわけですから体が拒否反応を示すのも致し方ないことかもしれません。まあ、気楽に構えてゆけば良いとは思うのですが、幾つになっても気が小さい性格は変わらないようです。

2022年2月18日金曜日

カセット

朝、 寒さで、背中がゾクゾクして、風邪をひきそうな気がしました。何か暖房をつけようと思ったのですが、ストーブはすでに押入れにしまってしまいました。今更、引っ張り出すのも面倒くさいので、なにかないかと探したところ、去年買って一度も使ってない、カセットガスを使った小型のストーブを思い出しました。キャンプなどで使う目的で作られたのだと思うのですが、ちょっと火の気があるだけで違うものですねえ。一番弱火でもポカポカして、かなり楽になりました。そういえば最近はカセットで動かす耕運機なども出回っていて便利なようです。燃料代もやすいようで、知人が計算したところ、ガス屋さんが持ってくるプロパンよりも安上がりとのことです。ゴミ出しにゆくと、大量のガスボンベばかり袋いっぱい出している人がいます。確かに経済的にはガスボンベを使った方が良いのかもしれません。ただやはり抵抗があります。大量の空になったボンベを捨てるということがです。すごく資源を浪費している気がして。近頃はガソリンも灯油も値上がりしていますし。実際のところどういう生き方をするのが地球に負荷をより減らすことができるのか、悩ましい問題です。

2022年2月17日木曜日

マイル

 大阪までの航空券を予約しました。貯まっていたマイルを使うことにしました。行きは平日で直行便が取れましたが、帰りは週末で直行便は満席でした。そこで、鹿児島乗り換えで帰ることにしました。宿も駅の近くに見つかりました。宿泊代が思ったよりも安くてびっくりしました。コロナで、空いているようです。こんなところにも影響が出ているのですねえ。だって、三月といえば春の旅行シーズンの真っ最中です。このコロナ、いつになればおさまるのでしょうか。果たして、物産展のように人が密になるようなイベントに足を運んでもらえるのでしょうか。今日、一緒に出店する、ジビエ料理のお店の人が工房をおとづれてくれました。はじめての出店で、不安なようでした。食品は陶器と違い、賞味期限があります。よりシビアーになるのも理解できます。でも、焼き物屋もどこにでもいます。まさに、石を投げれば焼き物屋に当たるというほど、どこにでも。それに大阪のお客さん、目が肥えているでしょう。どうなることやら。心配しても始まりませんし、今さら後戻りもできません。当たって砕けろです。

2022年2月16日水曜日

フィギュア

 あまりオリンピックは見なかったのですが、昨日はなぜかフィギュアスケート女子のショートを見てしまいました。あのような採点競技はよくわからないのですが。ただ。日本の選手がトリプルアクセルという難しい技を成功させたということはすごいことだと思いました。本当に色々な種目に出ているのですねえ。日本人は。今朝から寒さが戻ってきたようです。まさに三寒四温といいますが。春が近いとはいえ、一筋縄ではゆかないようです。

2022年2月15日火曜日

定期検診

 三ヶ月に一度の病院でした。昨日、新型コロナの感染者が九人出たとかでなんとなく閑散としていました。おかげで早く終わりましたが。まあ、特別変わった様子はありませんでしたが。もう、だいぶ慣れてしまったのでしょうか。北のほうは曇り空でしたが、工房に近づくにつれて、春めいて、暖かさが感じられ、花も白梅が終わりに近づいているようです。家の畑は今スモモの花が満開。季節はどんどん移ろっています。

2022年2月14日月曜日

色面

 朝3時過ぎから色面の仕事をしました。時間がかかることはわかってましたが、予想を超えてはるかに大変でした。今回は扇の形とカップそれに角の大きな鉢の三種類。ちょっと手の込んだ色使いにしようと五種類に二色、色違いにしました。合わせると十種類の釉薬をかけました。それだけでも大変な手数それに三種類の形ですから、三十回別の動きをすることになります。夕方にはなんとか終えることが出来ましたが、出来上がりはシンプルな柄です。こんなに大変な手間がかかっているなんて誰も思わないでしょう。陶芸は見えないところに手がかかるものです。

2022年2月13日日曜日

タンカン

 春の果物。タンカンの季節になりました。収穫時期が年々早くなって、今では2月の中旬には熟しています。昔はたくさん買って、あっちこっちに送ったものですが、だんだん減ってきて、今ではごく親しい人だけになりました。それでもこれが終わって、なんとなくほっとして、ああ春がきたなという気分になります。例年ならば春植え野菜の準備を始めるところですが、今年は畑を横目で見て、工房に直行です。仕事はだいぶ進んではきましたが、予定よりはかなり遅れています。まあ、できるところまで頑張って、あとは成り行きに任せるしかないのでしょう。

2022年2月12日土曜日

花生け

 ずっと食器ばかり釉薬をかけていたのですが、そろそろ花瓶も少し焼いてみようと釉薬をかけ始めました。ところがどう色をつけたら良いか頭に浮かびません。悩んでいるうちにだんだんわけがわからなくなってしまいました、どの釉薬の上にどんな釉薬を重ねたらどんな色になるのか、あまりにも複雑で頭がぐちゃぐちゃになってしまいました。これでは作業が進みません。もう居直るしかありません。一個でも使い物になるものが焼けたら、ラッキーという気持ちで、色々やってみました。息子が心配して大丈夫かと声をかけてきましたが、もうしっちゃかめっちゃかで諦めたようです。どうしてこうなってしまうのか、ここは慎重にしっかりとデータを取ってというときに限って、逆に無茶苦茶になってしまいます。昔からこんな調子です。これがいつものパターンと諦めるしかないようです。

2022年2月11日金曜日

箸置き

素焼きを終えた魚の箸置きがたくさん出てきました。工房ですっかり埃をかぶって埋もれていたものです。何年前に作ったものやら、全く覚えてません。最近は長方形でシンプルな箸置きばかり作っています、昔は魚だったり、モンステラの葉だったり色々な形のものを作っていました。大昔ので、壊してしまおうかとも思いましたが、きっと、その時は一生懸命に作ったのに違いありません。最近途中で投げ出したものを探しては焼くことが多くなりました。そんなわけで、なんとか日の目を見せてあげたいと埃を払って、釉薬のかける準備を始めました、そのほかにも前に作っていた一輪挿しとか小壺も焼こうと思います。 色々な形のもので、だいぶバラエティーが出てきそうです。

2022年2月10日木曜日

燃え尽き

 燃え尽き症候群というのがあるそうですが、なんだかそんな感じになってきました。だいぶ先が見えてきたと思ったタイミングでです。あとがガンガン焼くだけと思ったのですが。朝工房に下りてきても、しばらくぼーっとしてしまいました。まるで落とし穴に落ちたようは感じです。息子も同じようで、朝、食事もとったのか取らなかったのか。伝染するのでしょうか。そんな夕方、大阪で緊急事態宣言を出すとか出さないとか。3月の初めは、どうなっているのでしょうか。ここまで頑張ってきたのに。やってほしいようなやらない方が良いような。先のことも全くわかりません。だいたい、こんなジジイがコロナ感染のど真ん中にのこのこ行って、大丈夫なのでしょうか。


2022年2月9日水曜日

マット

 作品を並べるための敷きマットをカミさんが縫っています。大阪での物産展のためです。少しでも見栄えが良くなるようにと考えてのことです。青い器が多いので、同系色の紺の布で作ってもらっています。だいぶ作品ができてきたので、展示をどうするか、考え始めています。お皿は皿立てを使った方が良いだろうと、ネットで探しました。いくつか持っているのですが、安物なので、見栄えを考えました。そのほか、着るものも考えなければいけません。焼き物作りばかりに気が行ってたのですが、それだけではすみません。大昔個展をやってた頃には服もいろいろあったのですが、もう何十年も前のものばかりです。考えないといけないことが次々と湧いてきます。

2022年2月8日火曜日

マグカップ

久しぶりの轆轤です。マグカップを挽きました。この前注文を受けたのですが、あると思っていた素焼きが調べたら別の器と勘違いしていました。三月はじめに取りにくるというので急いで作ることにしました。ここのところ、窯の仕事ばかりでしたから、なかなか調子が出ません。しばらく轆轤から離れるとこうなってしまうのかと、情けなくなりました。午後3時を過ぎた頃ようやく調子が出てきました。よかった。この先ずっとダメになるのではと、滅入りそうになりましたから。オリンピックを見ていると、ちっとした風向きだったり、気持ちの焦りだったりで、思うようにゆかないのを目の当たりにします。轆轤仕事ひとつでもなかなかうまくゆかないのですから、アスリートの人たちのパフォーマンスには頭が下がります。 

2022年2月6日日曜日

一輪挿し

 型で作った一輪挿し。ずっとダンボールの箱で眠っていました。倉庫に積み上げていたのですが、崩れて横倒しに落ちてしまったものです。開けてみたら、かなりの数が割れていました。クッションもなしでそのまま重ねていたので、中には粉々のものもありました。使えそうなものを選んで、青い釉薬で焼き上げる予定です。最初は大丈夫と思っていたものを細かくチェックすると次々とひびが見つかります。それでも30個ぐらいはなんとか焼くことができそうです。最近、昔作って埃にまみれていたものを復活させています。大阪の物産展に持ってゆくためです。手をかけて作ったのですが、普段よく売れる器を優先して焼きますから、どうしても残ってしまったものたちです。本焼きしないで終わるかなと思っていたのですが、命を与えられそうです。なんとか綺麗に焼けることを祈っています。

2022年2月5日土曜日

冬型

立春過ぎてもまだまだ寒さが厳しい頃です。ここ、南国屋久島でも、冬型の気圧配置、西高東低で北西の季節風が吹いています。北国とは比べようもないのでしょうが、50年もここで暮らすと、すっかり体が慣れてしまい、歳をとって皮下脂肪も少なくなりましたから、肌寒さが一層身にしみます。今日のニュースで、あの西村賢太さんがなくなったとか。まだ50歳代という若さでした。「どうで死ぬ身のひと踊り」を読んだときは随分心に響いてきたことを思い出します。この時代に私小説というスタイルはある意味新鮮な感じを受けました。どんなひと踊りだったのか気になります。屋久島で、クワゴマダラヒトリが動き出しました。イゲ虫とか呼ばれる 毛虫でこれが動き出すと春がきたなと思います。西行が最後に歌った、「願わくは花に下にて春死なん、あのきさらぎの望月のころ」今まさにきさらぎ、死のイメージが漂ってきます。

2022年2月4日金曜日

社会人

屋久島に長いこと暮らしていると、社会の決め事から外れていることに気がつくことがあります。何しろ気ままな暮らしですから。今日、大阪のデパートから販売員心得がメールで送られてきました。開店閉店の音楽が流れている間は、廊下に起立して、終わるときには頭を下げること。トイレや食事の時は隠語を使うこと。従業員専用を使うこと。そのほか諸々、細かく決められているようです。それをあらかじめ勉強するようにとのことです。開店前には朝礼があって必ず参加しないといけません。昔、個展をやっていた時は先生ですから、気ままだったのですが。服装も厳しいようです。着る服がありません、困りました。こっちは、なんとか間に合わせようと必死になって制作しているところなのですが、午後から仕事が手につかなくなってしまいました。あー困った。 

2022年2月3日木曜日

 雨です。朝から。節分ですが、肌寒い。窯仕事。息子は奥で、こちらは工房で。完全に手分けしてです。色面の仕事。釉薬をどぶ漬けして、蝋と灯油を混ぜた湯煎液に漬け込み、別の釉薬を重ね掛け。焼き上がりはシンプルですが、手がかかります。それに失敗も多く、難しい。なんでこんな技法を思いついたのか、われながら馬鹿だと思います。人がやらないことをやりたいという、ある意味、自己顕示欲から始めたものです。ものづくりとは厄介なもので、人と同じことばかりでは満足でくなくなるもののようです。

2022年2月2日水曜日

素焼

 先日、素焼きの途中で窯が壊れてしまいました。通常は750度ぐらいで焼くのですが500度を越えたぐらいでした。600度まで上がればなんとかなるようなのですが、果たしてどんなものか。窯から出して指で叩いてみると、カンカンと焼けているような音がします。これなら、大丈夫だろうと素焼き完了ということにしておきました。ところがです。今日、釉薬をかけたところ、なかなか釉薬を吸い込んでくれず、しばらくするとパキッと割れてしまいました。素焼きになってなかったのです。ということは棚の上の器たちを焼きなおさないといけません。予定が狂ってしまいます。甘かったと言えばそれまでですが、素焼きがこれほど微妙だとは知りませんでした。焼きすぎると、釉薬の付きが悪くなります。2度焼きするときに一体何度で焼いたら良いのでしょうか。これまた、初のことなので見当がつきません。素焼きの2度焼きは初めてのことですから。

2022年2月1日火曜日

釉薬

 近頃釉薬の調子が良くありません。前回は大皿が全滅。次はコーヒーカップが半分以上泡立ってしまいました。前回は温度が高すぎたのだと思います。温度計を変えたため誤差で実際よりの高くなってしまったのだと思います。今回のコーヒーカップは原因不明です。一度、こじらせてしまうと、調子を取り戻すのに苦労します。原因と考えられることを一つ一つ、突きつめてて、直してゆく必要があります。これから、大阪の物産展の器を焼こうという矢先です。どうしたら良いか途方に暮れています。シャーリー マクレーンは everything happen for reason と言いました。そんなことはわかっているつもりですが 当たり前にできていたことが、急にダメになると焦るものです。

2022年1月31日月曜日

一ヶ月

 今年もあっという間に一ヶ月が経ちました。例年にも増して早く感じます。気がつくと12分の一が終わってしまったとは。外は日差しでポカポカですが、工房の中で手だけを動かしていると、寒さが身にしみます。まだ、寒中ですから。きのう頑張りすぎて、鉢の仕上げが終わりませんでした。大阪の物産展の書類がファックスで送られてきました。どんどん迫ってきます。仕事は、進んでないのですが。

2022年1月30日日曜日

タタラ

 タタラが大量に余っていました。おそらく数を間違えて作りすぎたようです。せっかく作ったのを潰すのも勿体無いので、今日も角鉢の続きを作りました。ここにきてようやくスピードが上がってきました。と言っても40個作っただけですが。これでタタラを全て使い切りました。明日仕上げれば、ちょうど一月で作り終えたことになりそうです。


2022年1月29日土曜日

型仕事

 やっと、五角鉢を115個作りました。ほぼ目的の数です。息子の予言通り、仕上げまですると、一月が終わってしまいそうです。「今月中にできれば良いんじゃない」との言葉通り。いやあ、きつい作業でした。やってもやっても進みませんから。これからは窯の仕事が待ってます。陶芸の仕事は昔から一窯二土三作りと言われます。実はこれからの窯仕事が一番大切な作業なわけです。形造りは陶芸制作の一歩目ということにすぎないのです。

2022年1月28日金曜日

シロアリ

離れにシロアリが入って数ヶ月が経ちました。ベイト剤と言って、シロアリが食べると巣に帰ってから、脱皮ができなくなって巣ごと絶滅するという薬を置いてみました。あれから数ヶ月経ちました。ベイト剤は綺麗になくなって食べ尽くしたので、絶滅したかなと思っていたら、小さいのが数匹かろうじて動いているのを見つけました。まだ絶滅してないようです。今日、友人のシロアリ屋さんが来たので、聞いてみました。すると、冬になると動かなくなるので、もうしばらくして暖かくならないとわからないと言われました。ベイト剤を暖かくなるまで置いて様子を見た方が良いということでした。インターネットで、いろいろ情報を集めた話をしたところ、あてにならないよ、というのが答えでした。シロアリ業者が流す情報はあまり信用できないとのこと。確かに、彼らはビジネスとして、ネットに載せるわけですから、丸ごと信じてはいけないということでしょうか。 

2022年1月27日木曜日

特捜部q

シリーズ8作目に入りました。特捜部qです。こんなに続けて読むことになるとは思いませんでした。こんなに読んでいるのに、未だに作者の名前も覚えていません。作者の年齢が一緒の1950年生まれで、デンマークが舞台の警察小説です。カール マークと アサドそれにルーセという女性の三人で古い未解決の事件に挑むというものです。作者はこのシリーズを10作完結の予定だったようですが、あまりの人気にまだまだ終わりになりそうもありません。そして、8作でようやく追いつきました。ですから、次からは翻訳待ちということになりそうです。この作品でなんとかこのシリーズから解放されそうです。次は何を読もうかなあ。

2022年1月26日水曜日

失速

 今日は朝から調子が良くて、型物仕事もはかどりました。ところが3時が近づいた頃から、手が止まってしまいました。眠気がまず襲ってきました。まあ、4時からやってますから、次は手が動かなくなって、目標としていた数に届きませんでした。最初に飛ばしすぎたからでしょうか。手仕事というものは一日に波があって、良い時と落ちた時では雲泥の差が出ます。古い話ですが、東京マラソンで。高橋尚子選手が四谷の外堀の前の坂でばったり足が止まってしまったことがありました。ちょっとアレを思い出しました。あの場所、実は我が生家のすぐ前の場所だったのでよく覚えています。あんな大都会のど真ん中で生まれ育ったことも。学校に通うとき、遅刻しそうになって、あの坂を必死になって走った思い出があります。そんな話はどうでもよいのですが、今日はちょっと調子に乗りすぎたようです。明日からはもう少し、ゆっくりやってゆこうと思います。

2022年1月25日火曜日

曇りのち晴れ

今日の天気です。我が心もそんな感じ。朝は、体が動かなくて、重くてしんどくて、一気に20ぐらい年取ってしまったようでした。釉薬仕事をして、窯仕事をして梱包仕事をして、体を動かしているうちにだんだん気分も上がってきました。ここまできたら焦っても仕方ないし、できることしかできないし、ケセラセラ、なるようになれです。 

2022年1月24日月曜日

しんどいね

 夕方の息子の言葉です。「しんどいね」。一日、釉薬を作ったり、掛けたり、あれこれ仕事に追われ、二人ともだんだん、言葉が少なくなりました。土、日も仕事に追われていますから、疲労も蓄積してきます。できることならば、少しゆっくりしたいところですが、現状ではそうもゆきません。なんとか乗り越えなければと。今が試練の時。その向こうには、新しい風景が見えるのでしょうか。

2022年1月23日日曜日

春の気配

 朝から雨です。空気が暖かく、工房の温度計で16度ありました。ストーブもつけずに過ごすことができました。だいぶ過ごしやすい一日でした。家の庭には、なぜかルドベキアが花を咲かせています。夏の花ですから、勘違いで咲いてしまったようです。今年はこの時期でも、南天が赤い実を残しています。例年ならば、ヒヨドリが食べつくしてしまうのですが。年によっていろいろあります。夕方の放送で、島から、新型コロナの感染が発表されました。本土では、かなり広がっているようですが。とうとうやってきたようです。この先が心配です。

2022年1月22日土曜日

内職

一日中、タタラを五角形に切る仕事をしました。それでも、70個ぐらいがやっとでした、目標は100でしたが。ねんどを乾かしながら、周りを5角形、内側も5角に切り抜く作業でしたが、やってもやっても進みません。内職に追われる気分です。なんとか2、3日で作り終えようと思っていたのですが、1週間はかかりそうです。そうこうするうちに二月になってしまいます。慌てず焦らず諦めずと自ら言い聞かせつつ、手を動かしています。 

2022年1月21日金曜日

五角鉢

五角鉢を作り始めました。昨日、焼きあがったサンプルを見てもらい、オッケーが出ましたので。型物、特に五角形のは手間もかかり、無事に焼きあげるのが難しいので、なかなか手がつけられませんでした。しかし、逃げてばかりもいられません。引き受けた以上は。実はもう一つ、仕切りで三つに分かれたお皿も頼まれていたのですが、そちらはどうやってもうまくできませんでしたので、ギブアップしてしまいました。しかし、ホテル側ではなんとか作って欲しいようで、サンプルだけでもと言っておりました。タタラではできないというのが結論なのですが。 

2022年1月20日木曜日

休館

 島のホテルはこの時期お休みになるところが多いようです。正月のお客さんも去り、春の観光シーズンまでの間は一年のうちでも、最も閑散期になります。従業員の人たちも多くは里帰りしたり、残っている人は掃除をしたり、普段できないようなことをしているようです。今日も二つのホテルから人が来ました。一つは注文いただいている器の進行状況を見に来ました。もう一つはホテルで使っていただいている器にチップが入って、その修理の依頼です。その数がお多いのにびっくり。まあ、7、8年前に収めたものですから、見方によってはよく持ったと言っても良さそうに思いますが。焼き物ですからいつか壊れるものです。ただ、ちょっと手を入れればそれほど目立たなくなりますから、昔から繕いという技術が伝わっているのです。手を入れながら長く使う。これこそが昔から日本人に伝わる文化だと思います。現在仕事に追われて、直す時間がありませんが、手が空いたら、修理しようと思っています。

2022年1月19日水曜日

なんとか

 なんとかたどり着くことができました。長い道のりをです。今日で72歳の誕生日を迎えました。実は父親がこの歳に亡くなりました。ですから、一つの目標にしていました。親父の年齢をです。あまりふり返るのは好きではありませんが、道のりは決して平坦ではなかったと思います。ただ大きな病気をしなかったことが幸いでした。そして、今の厳しい状況。息子がパソコンに向かって収入の計算をしています。コロナ禍ですっかり落ちてしまった我が工房の売り上げ。どこも苦しいのは同じでしょうが希望を捨てずに前を向くしかありません。明日から、新たな気持ちで進んでゆきたいと思っています。

2022年1月18日火曜日

捨てる神

 病院へ行ってきました。形成外科です。骨折後の経過観察。前回、一ヶ月前でしたが、変化なし、このまま放っておくしかないのかと、絶望的な気持ちになりました。それが今回は変化が。裂けた骨の間に新しい骨が形成され始めたのがわかりました。先生も明るい顔で、だいぶ良くなりましたと。いつもは背中を見せてパソコンに向かっている事務のお姉さんも、良かったですねえと笑顔を見せてくれました。前回は完全に神から見捨てられたと思ったのですが、今日浮かんだ言葉は、捨てる神ありゃ拾う神ありです。希望が湧いてきました。まだまだ終わってないと。この歳になっても、再生力がなくなってなかったということ。前を向いて進んでゆこうと思っています。

2022年1月17日月曜日

朝方、咳がひどくなって苦しくて眠れなくなってしまいました。散歩から戻ってもいっこうに止まりません。朝食の後、カミさんが診療所からもらった咳止めをくれました。最後の一錠だとか。それが、びっくりするほど良く効いて、一日快適に過ごすことができました。明日は一ヶ月ぶりに手の骨折の後の診察で、病院の診察日です。咳が止まらないと病院の入り口で止められるに違いありません。今朝、最後の咳止めを飲んでしまったのが悔やまれます。こんなに効くのなら、明日にとっておけばよかったと。実は次男の診察に付き添うために一度キャンセルしたのです。今度は自分が体調不良になるとは、思ってもいませんでした。 

2022年1月16日日曜日

悪化

夜中から咳が止まらなくなって、それでも4時過ぎに起きて6時まで工房で頑張りましたが、頭がくらくら、ムカムカ吐き気がして、こりゃあダメだと一旦家に帰って布団に横になりました。二時間ほどしてだいぶ良くなったので、仕事に再チャレンジ。今日の予定は息子のリクエストで花生けに挑戦しました。なんとか夕方まで頑張って12個、作ることができました。ダメかと思ったのですが、なんとか一日、仕事ができて、達成感はありました。それにしてもこの咳と鼻水、ただの風邪でしょうか。下手したら、オミクロン株の方がもう少し軽いのではと思ったりしまテイマす。 

2022年1月15日土曜日

性質

 性質と書いてタチと言います。今度の風邪、かみさんに言わせると、本当にタチが悪いと言いました。次男がだいぶ良くなったと思いましたら、また鼻水が出てきたり。一筋縄にはゆきません。今度の新型コロナが風邪ぐらいで大したことないという人がいます。風邪は決して大したことない病気ではありません。昔流行したスペイン風邪では世界中でどれほどの人が死んだことでしょうか。健康な人には大したことない普通の風邪でも、高齢者や基礎疾患を持った人たちにとっては肺炎を起こして命取りになることもしばしばあります。現に我が家の次男も、肺炎になって、一歩間違えばこの世にいられなくなるところでした。今もどうなるか、親としては決して安心できません。どんな病気もできることを精一杯やって、少しでも蔓延しないように努めるのが、私たちの務めだと思います。

2022年1月14日金曜日

通院

 診療所も今日で四日目。次男の数値もだいぶ良くなって、今日でとりあえずは点滴は終了です。あとは家で抗生剤で療養することになりました。カミさんもだいぶ良くなってきました。ただ、今度は長男が熱を出してしまいました。その話を先生にしたところ、家族で熱を出すということはコロナが疑われるのでPCR検査をするということになりました。私が代表して。一旦外へ出て、ビニールの仕切りの中に入って透明な壁越しに鼻に検査薬を突っ込まれました。さっきまで散々、近くで接触してたのに、おかしな話ですが。検査が終わって外で15分待つように言われました。変な話です。それが規則だとか。結果は陰性。ただの流行り風邪ということのようです。しっかり検査料は請求されました。検査無料の国も多いようですが、我が国はしっかり請求されるようです。千数百円ですが、保険証の提出を求められたところを見ると、医療保険の対象になっているようです。ということは検査料は八千円ぐらいということになるのでしょうか。細長い綿棒の先に薬をつけて、検査薬につけて判定するだけで。もしこのまま、オミクロン株が広まったらどれほどの税金が検査に使われるのでしょうか。日本では医療制度に救われることも多いのですが、医療費の無駄遣いも大いに気になるところです。



2022年1月13日木曜日

点滴

今日も朝から診療所へゆきました。次男を連れて。カミさんが寝込んでしまい一人です。だいぶ元気が良くなってきたのですが、そのぶん動きが激しくなって、なかなか点滴の針が入りません。なん度もやり直しているうちに、痛くなったのでしょう。ますますしずかにしてくれません。なんとか点滴ができるようになるまで一時間あまりかかってしまいました。帰ってきたのは昼をだいぶ過ぎてしまって、半日仕事でした。せっかく朝の四時から工房におりたのですが、仕事はなかなかはかどりません。風も強く、気温も上がりません。こっちも鼻水ダラダラ喉はイガイガ、なんとか熱は出てませんが、体調は最悪です。共倒れにならないように夜は暖かくすごさねばと思っています。 

2022年1月12日水曜日

本末転倒

 昨日、診療所で風邪をひいたようです。特にカミさんがひどくて鼻水と咳。何しろ、戸は開けっ放し、小部屋の上には換気扇が回り、すぐ後ろの窓は空いていました。そんなところで次男の点滴。動かないように抑えていましたから。こっちも、朝、薬を飲んでなんとか1日寝込むことはありませんでしたが。今日も、診療所に行ったのですが、暖かい場所をなんとか確保して、無事点滴を終えました。それにしても、本来は病気を治すところで、病気になるなんて、本末転倒というかミイラ取りがミイラというか、困ったことです。コロナ対策でそうせざるを得ない診療所の事情も理解できますが。おそらく当分通わないといけないようですし。しっかり自己防衛が必要なようです。

2022年1月11日火曜日

診察

 次男を連れて、診療所に行ってきました。三連休明けの大混雑で、お昼前の時間に来るようにとのことでしたが、診察は1時過ぎでした。昨日は40度を超える高熱が出て心配でしたが今日になってだいぶ落ち着いてきました。まずはPCR検査から。車にビニールを張って、丸い筒状の隔壁ができているむこうから、鼻に検査キットを差し込みます。前回と比べますとだいぶ進歩しています。15分ほどで結果が出て幸い陰性でした。前と後ろに同じように検査の車が並んでいたところを見ると、同じ時間が指定されたようです。それからおきまりの血液検査と点滴、最後の注射をうち終えて家に戻ったらもう4時を過ぎていました。ほぼ1日がかりでした。まあ、結果はそれほど悪くはないようですが、肺炎という診断で、楽観は許されない状況でしょう。昨日までは最悪な状況も想定していましたから、やや、見通しが明るくなりましたが。仕事は全然進みませんでした。

2022年1月10日月曜日

小競り合い

 昨日から始まった、大河ドラマを観ました。途中までですが。鎌倉時代を舞台にした壮大なる小競り合いだそうです。あまり次々と知らない名前が出てきて、途中で諦めてしまいましたが。あの時代の歴史小説は結構読んできたのですが、北条氏の時代は全く空白でした。一つ思ったことは、日本人は営々とこの列島で小競り合いを繰り返してきたのだなということです。それは今になっても終わることなく、続いていると思います。政争という名で。そしてそれを嬉しそうに眺めている庶民がいることも。あの時代は平氏を義経が滅ぼして、その義経を頼朝が殺して、頼朝亡き後の幕府後継争いに北条がいきのこる。その北条氏を、北関東の足利が滅ぼし、それから応仁の乱、戦国時代へと延々と日本列島の小競り合いの歴史が続いてゆくわけです。本当に飽きることなく戦い続けてきた日本人。人間は争いを通して、文明を発達させてきたということになるのでしょうか。

2022年1月9日日曜日

初熱

 次男が熱を出しました。今年、最初の熱です。鼻水ベーベー。風邪だと思うのですが。早速練薬を背中とお腹に貼りました。薬が効くと良いのですが。今年は何度、この思いをするのでしょうか。

2022年1月8日土曜日

五寸皿

 朝から轆轤に向かって皿作りです。気合いを入れて。目標は100枚。残念ながら65枚で終わりでしたが。連休の初日で、お客さんを相手にしながらですから上出来でしょう。結構、充実感がありました。ただ、明日の削りはきびしそうです。昨日引いたのもまだ削ってませんから。多分二日はかかりそうです。心地よい疲れで、今夜はよく眠れそう。

2022年1月7日金曜日

轆轤初め

午後から今年最初の轆轤作業でした。その前に窯出ししたのですが、見事に大失敗。ちょっと、温度が高すぎたようです。ほぼ全滅。青の釉薬は本当にシビアでわずかに温度が高いだけで、釉薬が煮えてしまって、使い物にならなくなります。去年作り終えたと思った器が作り直しになってしまいました。泣いていても誰も助けてくれませんから、不撓不屈の精神で再制作です。年の初めにここまで悪いと、あとは上るしかありません。ネバーギブアップです。 

2022年1月6日木曜日

列島

日本列島は縦に長いのですね。ここはポカポカ春の陽気だというのに、東京では大雪警報が出ているとか。昼間は外にいると、芽が出そうでした 。気温20度ありました。おまけに工房では素焼きをしてたので。この前はは蚊が飛んできましたよ。大阪では500人オーバーとか。もうコロナを止めることはできそうにありません。沖縄も大変そうですし。ここもそのうち。確か10月に入院していた頃、近くでコロナがぞろぞろ出てました。今度はもっともっと、大変なことになりそうな予感がします。


2022年1月5日水曜日

臨機応変

 今年最初の本焼きをしようと、釉掛けをしていたのですが、近くのホテルの売店から電話がきました。注文です。ところがどれも在庫がないものばかり。そこで予定を変更して、ホテルの注文品から先に焼くことにしました。実は三月のデパートでの物産展用にと準備をしていたのですが。新型コロナがまたまた感染拡大をしてきました。例のオミクロンです。この調子では三月に物産展ができるかどうか、先が全く読めません。それならば、目の前の注文を先にこなしてゆかないと。昔から一寸先は闇と言いますが。今年も、コロナに振り回されそうです。


2022年1月4日火曜日

初荷出し

今朝、今年初の荷物出しをしました。去年の大晦日に来てくれたお客さんの荷物です。半年ほど前に来てくれて、注文してくれました。その時、大晦日に取りに来ますと言われました。半年も後の話でしたから、どうかなと思っていたのですが、約束通りに来てくれました。ところが年の暮れから、フェリーがずっと欠航してしまいました。エンジントラブルとのこと、それがようやく再開して、今朝宅配で旅立ちました。欠航が続くと、荷物が混雑しますから、無事に届くか心配になります。壊れ物ですから余計です。なんとか無事に届くと良いのですが。何しろ今年の最初の煮出しですし。 

2022年1月3日月曜日

リベンジ

釉薬作りに挑戦です。去年、作って失敗したつや消しの黒釉 に再挑戦です。普通の下地には溶けるのですが、去年作った赤化粧の上にかけるとガリガリになって剥げてしまったのです。ということはより溶けやすくする必要があります。そこで大昔のノートを引っ張り出しました。なんと40年以上前のものです。あの頃色々試した結果が書き込まれていました。面白かったのは、そのノートに書かれていた内容です。やっていたことが現在とあまり変わってないのです。人間なんていつまでたっても同じようなことを繰り返しているのだなということです。ていうか、自分の進歩の無さに呆れてしまったというのが本当かもしれません。あの頃できていたことが今できないなんて。進歩どころか後退しているのかもしれません。新年早々、ちょっと恥ずかしくなりました。


2022年1月2日日曜日

 今朝は、畑に下りました。里芋の収穫です。お客さんが来て、お土産にもたせたいからとカミさんから頼まれました。最初はちょっとのつもりでしたが、思ったよりもできが悪くて、収穫量が少ないので、結局ビニールハウスの脇の畑全てを掘り返す事になってしまいました。暗いうちから始めましたが、夜が明けて明るくなってゆく朝の畑は、気持ちが良くて寿命が伸びるような気がします。また、畑仕事ができるようになると良いのですが。今は、ぐっとこらえて制作に励んでいます。今日はコーヒーカッフの把手つけ。元旦に書いた、今年の目標「丁寧に」を肝に命じてゆっくり作業を進めました。そうそう、昨日、高校時代の友人から電話が入りました。もう何十年ぶりでしょうか。、以前は時々電話が来たのですが、20年前に住まいを別にしてから、夜の電話は取れなくなってしまいました。声は昔のまま、若い頃よく飲んだことを思い出しました。一度は大晦日に酔っ払ってビール瓶で頭を殴って、元旦から医者に連れて行ったこともありました。あの時は、「うつわ職人」と言われたことに腹を立てたのでした。今なら、なんと名誉なことかと喜ぶのでしょうが。若かったし、芸術家だという自負があんな行動を取らせたのでしょうか。まさに若気の至りでした。そんな古い思い出が蘇った、昨日の元旦でした。

2022年1月1日土曜日

あけおめ

 明けましておめでとうございます。穏やかな正月をお迎えのことと思います。今年も、なかなか一筋縄ではゆかない年になりそうですが。でも。負けることなく明るい希望を捨てずに共に乗り越えてゆきたいものです。今年も年頭の決意のようなものを述べさせていただきます。毎年同じですが3Aから。慌てず焦らず諦めず。オリンピック1500メートル自由形で柴田亜以さんがコーチから教えられた言葉だそうです。あれ以後我が座右の銘のトップの座を譲ることがなくなりました。それに今年は「丁寧に生きる」を加えたいと思います。去年の出来事を反省した時、焦っていたり、気が急いていたり、そんな時に限って思わぬ事故が起こっていたような気がします。ですから、もう若くはありませんし、一つ一つより慎重に細部を大切にして過ごしてゆきたいと思っております。年齢もだいぶ重ねてきました。ここらでちょっと立ち止まって、ゆっくりとした時間を重ねてゆきたいものと思っております。

新しい年のご多幸をお祈りしております。