2026年4月8日水曜日

誕生日

 今日は我が家の次男の誕生日です。ちょうど四十歳になります。生まれながらの重い病気で生きても数か月と言われたのですが。東京の産科病棟で生まれ、屋久島にいた我が身に電話ですぐ来てくれとのこと。それから、大急ぎで飛行機に飛び乗って東京に着いたときには暗くなっていました。病院に駆けつけたとき、すぐに転院しないと助からないと言われて、日赤医療センターに救急車で運ばれました。車に中で何度かチアノーゼを起こし、医師が痰を吸い上げてくれて、何とか転院できました。それから毎日家内の病院へ行き、しぼった母乳を持って、日赤に行くという日が続きました。あの頃ちょうど桜が満開で世間の人達が楽しそうに花見をする姿を横目で見ながらあんな風に過ごすことは一生ないだろうなと思ったものでした。あれから気が付けば四十年。日々暮らしに追われながら、何とか、ここまで過ごしてきました。今、こうしてあの子の誕生日を迎えられるのが信じられない気持ちです。こちらもすっかり年老いてきました。どうぞこれからも末長く見守ってください。何とか、一日でも長く過ごさせていただけるよう、頑張ってまいります。

2026年4月7日火曜日

米粉食パン

 朝から、米粉で食パンを焼きました。いつものホームベーカリーで。最近、どうも麹の利きにむらがあって、日によって、大きさにむらがあります。そこで今回はあらかじめ砂糖とイーストを混ぜておいて焼いてみました。たとえ。機械任せでも微妙に水分量と油脂の配合、あとは粉類の投入位置で変わってしまう気がします。マニュアルを読むと、同じ配合でも日によって変わると書いてあります。確かにほんのちょっとしたことで変わってしまうところは陶芸と似ております。だから奥が深い。物を造るってことは生涯かけても決して満足できる結果にはならないものです。

2026年4月6日月曜日

春うらら

 昨日に続いてうららかな日よりです。なんだかウトウトしたいような。せかせかするのが嫌になります。だけど、今日もせかせかから、まったく逃れることが出来ません。そんなわけで日がな、追われるように一日が過ぎてゆきました。

2026年4月5日日曜日

お日様

 雨も上がりました。早朝からハウスの草取り。ノバラがこぼれ種で増えていたのを、掘り上げて移植しました。それから、ハウス周りの草取り。今週中にはすべて終わりそうです。出来ればビニールもかぶせたいところです。今年は、半分だけかけて後ろは露天にしようと思います。奥にはドラゴンフルーツが育っていますが、屋久島では路地でも十分育つようです。少しずつですが、畑も格好がつき始めています。

2026年4月4日土曜日

 かなり降りました。春の雨。昼の全国の天気のニュースで屋久島の雨が流れていました。今日の体験は、飛行機の欠航で流れました。おかげさまでゆっくり出来ました。風もかなり強くて、波も高かったようです。お皿を削り終え。次はコーヒーカップ。前回造ったのは、結婚式の引き出物だったとのこと。今度のは、島で販売するため。もうすぐ連休もやってきます。

2026年4月3日金曜日

5寸皿

 ここ数日、在庫が少なくなっている五寸皿を挽いてます。今は、たま挽と言って、一個ずつ造るやり方をしているのですが、昨日までは大きな塊の粘土から一回ずつ切り取って重さを計りながら作っていたのですが、今日は効率を考えて一日で造る分を、朝のうちに切り分けてから造り始めました。ところが午後になると粘土の乾きにむらが出来て、上手くロクロが挽けなくなってしまいました。そこで、念入りに伸ばしたり押しつぶしたりをしてから造るようにしてみました。そうすると結構きれいな形が出来るようになりました。何十年もこの仕事やっているのですが、まだまだ学ぶことがあるなあと改めて学習しました。おそらく生涯勉強なのでしょう。北斎があと数年あったら絵のことがわかるのに、といった気持ちがおぼろげながら理解できる気がします。

2026年4月2日木曜日

待てば

 海路の日和あり。海路の日和は有難いです。出来ることならホルムズ海峡も穏やかな海路に戻るとよいのですが。世界情勢は明日知れず、いったいどうなる事やら。もう、すでにオイルショックが始まっているという人もおります。この先どうなる事やら。今年から再び畑をやろうと思ったのですが、資材がかなり値上がりしています。種子も。だから、気楽に始めることが難しくなりました。失敗しないようにじっくりと。しかし、夏野菜は難しい。この暑さですから。何とか、家庭菜園で家族の口に入るものが出来ないものか。むかし嵌っていた永田農法の永田さんももうすでにおられませんし。だからと言って自然農法も簡単ではなさそうですし。陶芸同様、またまた、右往左往の日々が続きそうです。