早朝畑でバジルを収穫しました。ホーリーバジルです。一般的なスイートバジルと比べると葉が小さく香りも強いようです。インド原産。お茶にしたりガバオライスで楽しむ人が多いようです。そのホーリーバジルでジェノベーゼソースを作ってみました。パスタにかけて食べるために。ナッツとオリーブオイル、ニンニクなどと合わせて粉砕しました。前にもかみさんに頼んで作ってもらったことがあります。緑いろのソース。残暑の厳しい、今の季節、元気が出そうです。
陶芸屋久島日記
2026年8月26日水曜日
2026年8月25日火曜日
夏
今日は棚卸しに行きました。早くも八月も終わりです。台風が通過中。したがいましてお店はガラガラです。それでも、大型店が何店舗かあるのでスカスカではありません。今月末までに使い切らないと期限切れになる買物券があるとかで、店を回ってみました。結局魚屋さんで、ウナギを買ったようです。大隅産のウナギ。いつ食べようかとかみさん。確か昨日の昼にはサンマのかば焼きを食べたような。私の口には十分美味しかったのですが。なんなら、たれをかけたご飯でも十分満足できそうな味覚です。畑にたくさんあるバジルをパスタソースにするための材料を物色してきました。
2026年8月24日月曜日
芋虫
昨日、夕方畑に水を撒いていたら、サトイモに芋虫がついていました。一匹見つけると次々と眼について最終的には十匹ぐらいいたでしょうか。最初に見つけたのを、落とそうとしてもしっかり張り付いていてなかなか簡単には落とせません。終いには手でつかんで地面に落としたのですが、大きいのと体の模様が気持ちが悪く、手で触りたくないので恐る恐るでした。これまでサトイモにつく虫を見たことがありませんでした。おそらく気が付かなかっただけなのでしょう。葉に穴があいていたり、黄色くなっていたり。虫の被害だったのだと思います。もう一つ、サツマイモですが、プランターで育てています。最近一晩で丸坊主になってしまいました。どこへ行ったのだろうと捜したところ、地面に茎ごと落ちていました。その茎には形の良い小さな芋がついていました。これから大きくなろうという矢先。何者かにやられたようです。こっちはおそらく何かの動物でしょうか。人間にとっても美味しい野菜たち。放っておかないわけがありません。これからが実りの秋。対策を考えないと、口に入るのがなくなりそうです。
2026年8月23日日曜日
無水鍋
昨日は脱水になっていたのでしょうか。午後から何もする気が起きず、体から気力がなくなってしまいました。おそらくは熱中症。よく寝たので朝からの調子が戻ってきました。工房で米粉のパン作り。無水鍋で焼きました。結果は、まだまだ。初めからうまくいってしまうと途端にやる気が失せてしまいそうです。だから、次こそはもっと美味しいパンを焼いてやるぞと思っております。
2026年8月22日土曜日
山
この島に関わるニュースで、同じ集落に住む方が行方不明というのを知って、心配しておりました。その方が山でお亡くなりになっていたそうです。蛇の口の滝近くの沢とか。あの滝には大昔、行こうとしたことがありまし。結局道がわからず途中で断念したのですが。わかりずらいようです。以前読んだある絵描きさんの画文集にもその道の事が書かれていました。途中で川を渡るところがあり、増水すると泳がないと渡れないようでした。危険を認識しておられたのか、軽いハイキングと考えておられたのか。屋久島の山は時折牙をむくことがあるようです。今回の事の詳しい事情は分かりません。海で山でお亡くなりになる人の多い事。残念でなりません。
2026年8月21日金曜日
生米パン
米粉のパンで色々悩んでいたら、なんと米からパンを焼く、しかも材料を計ることなく。いやあ、色々な人がいるものです。使う材料は米粉パンとほぼ同じ。ただ水につけて米をふやかした後、ミキサーでドロドロにするというもの。ですからホームベーカリーで作る事は出来ません。ホームベーカリーは練る混ぜる、発酵する焼くというのが仕事。そうしたら生地迄作って、ホームベーカリーで焼いてる人もおりました。挑戦者は尽きることがありません。どこまでやったらよいのやら。しかも玄米でパンを焼いたり、コメと大麦オートミールを混ぜてみたり、ますます広がってゆきます。パンなのかご飯なのかお菓子なのか、わけがわからなくなってきました。最近のお気に入りは、クレープとロールケーキ。そうそう、先日はケンタッキー・フライド・チキンを作りました。近くピザを焼いてみようかな。
2026年8月20日木曜日
看護師
拝読した本の著者も看護師さんで、昨日、たまたま工房にきてくれた人も看護師さん。昔かなり足繁く陶芸体験にきてくれた人。島で働くうちに出会いがあって現在では住人となったようです。そういう人ってかなり多いみたい。以前骨折して入院した時、何人か、懐かしい顔を見ました。かくいう私も職業は違いますがこの島にきて五十年余り。気がついたら住人になっております。看護師という職業は具合の良くない人を助けるのが仕事。だから、島の人とのつながりも強いようです。中には生活そのものに食い込んで接触するということも。信頼関係が強くなるのも理解できます。そのうちに嫁にきてほしい、なんてことも。