2022年5月16日月曜日

昼ドラ

 今日は病院へ行ってきました。定期検診です。そんなわけで朝7時半からのBS朝ドラは昼に家で見ました。いよいよ東京編です。あの頃の東京がどんな風に描かれるのか。確か当時はまだ1ドルが300円の時代だったと思います。そのちょっと前までは360円でしたが。現在が130円ほど。それで、輸入品が高くなって大騒ぎです。何しろ。一時は80円なんて時がありました。銀座は物価が高く、普通の人はレストランで食事なんて考えられなかった時代です。外人ばかりでした。そういえあのドラマにはほとんど外国人が出てきませんねえ。東京では、当時はボーリングブームの真っ最中。よくボーリンング場の工事現場で働いたものです。それから超高級マンションも建築してました。麹町の現場で家賃を聞くと、とんでもない値段でした。そちらも海外からの人が使うということでしたが。日本も高度成長真っ盛り。私はと言いますと、銀座を中心として有楽町から京橋まで歩き回っていました。京橋にあったフィルムセンターで古い映画を見るためです。有楽町のイエナで洋書の画集を見て、東京駅前の美術館へ行って、カレーライスの店ナイルで昼ごはんが決まりのコースでした。お金がなくてもっぱら歩いてばかりいました。そうそう、疲れたら日比谷図書館で読書というのもありました。

2022年5月15日日曜日

釉抜き剤

陶芸の技法の中に釉抜きというのがあります。くっついては困るところに釉薬がつかないように色々な技法が考えられています。オーソドックスなのがロウ抜きです。ろうそくのロウと灯油を混ぜて、温めて溶かしたものを筆で塗ります。ロウの水をはじく力を利用します。次はラテックス。液体のゴムで、塗った後にしばらく置いておくと、ゴム状になって、後で針などで引っ張るとペロリと剥がれるというのもです。そのほかに、油性の撥水剤。最近では水性のものもあります。今回どうしてもラテックスを使いたくて、新しいのを注文しました。ところが届いたものが既に半分固まっていました。ラテックスという材料は筆が一回でダメになってしまったり、一旦ふたを開けると長持ちしないなどといった欠点があります。それにしても届いた時から固まりかかっていたとは。なんとかごまかしながら使ったのですが、筆がすぐに固まってしまいました。良い筆でしたから勿体無くて。使い捨てにできるような安い筆を使えばよかったと反省しています。何かうまい方法がないものかと、頭を悩ませているところです。 

2022年5月14日土曜日

カード

 カード払いに対応できるようになってどのくらいたつのでしょう。最近ようやく緊張しないで取り扱いすることができるようになりました。前はしょっちゅう、息子に助けを求めていたのですが。お客様の半分以上の方がカードで支払ってゆきます。一口にカードといってもいろいろな種類があります。交通系とか時計やスマホを当てるだけで支払いできてしまうものもあります。手のひらに乗るほどの機械が全て対応してしまうからすごいことです。その機械と専用のタブレットをつないで光回線経由でやりとりできるようです。お客さんの中にはこんなところでカードが使えるとはと、感激している方もおられます。以前は、手持ちが少ないと購入を諦めてしまうことも多かったのですが、カードのおかげで。そういうことも少なくなってきた気がします。カード会社には売上に応じて支払いしなければなりませんが。それと、湿気が多いためか、何度か機械が壊れて買い直さなければいけないことがありました。今では宅配便の業者さんが連絡すれば取りに来てくれます。買いたいものを選んでカードで支払えば。壊れやすくて重い荷物を持たずに、家に届きます。便利になったものです。

2022年5月13日金曜日

戦後

 佐野眞一さんの著書に「沖縄 誰にも知られたくなかった戦後史」という本があります。戦後の沖縄のあの時代を生きた証人達へのインタビューで構成されています。今生きているとしたらおそらく100歳近くなっている人たちでしょうから、ギリギリのタイミングだったと思います。戦後っ子と呼ばれて団塊世代の尻尾、1950年に生まれた身としても、実はあまりその時代のことを知りませんでした。ただ高度成長の波に乗って競争社会を揉まれて生きて来たように思います。今放送中の朝ドラでの四人兄妹の長男とほぼ同世代です。話の主役が東京へと旅立った同じ年に東京から屋久島へとやって来ました。そのとき持って来た服とかはデパートで開かれたベトナム戦争の放出品頒布会で買った頭陀袋に入れて来ました。いっしょに買ったカーキ色の寝袋には血の跡がこびりついていましたしスコップは塹壕を掘ったりに使われたものでしょうか。今思うとあのような催しが東京の一流のデパートで行われたことにも驚かされますし、当時のベトナム戦争が身近だったということでもあったのでしょう。屋久島に来る前に立川の基地まで行ったことを思い出します。死体洗い一体10000円という何かで読んだ記事を真に受けて仕事を求めて行ったのでした。実際のところは見つかりませんでしたが。終戦間近、沖縄は日本で唯一、地上戦が行われ、多くの命が失われました。今のウクライナ情勢と似たようなことが起こっていたのでしょうか。東京でも大空襲で多くの人が亡くなっています。そんな時代がわずか50年あまり前に日本にあったのです。戦後の混乱から立ち直って、近代化へと向かって歩みだす、そんな時代がどのように描かれるのか気になります。あの兄妹たちも今ではおじいちゃんおばあちゃんと呼ばれる年代になっているのでしょう。

2022年5月12日木曜日

神田川

 かぐや姫が歌った「神田川」が流行ったのは確か1973年ごろだったと思います。「三畳一間の小さな下宿 窓の下には神田川」という歌詞でした。神田川を遡ると善福寺川に名前が変わります。当時その川のすぐ脇で暮らしていました。まさに窓の下を善福寺川が流れていました。家から少し歩くと池があって湧き水が源流となって流れ出していました。朝ドラで描かれている1972年、実は家を飛び出して荒川のすぐ脇で暮らしていました。四畳半、家賃が5000円の部屋でした。生まれ育った四谷の家はすぐ前に昔の江戸城の外堀がありました。なぜか、我が人生には川や池が近くにあります。今も、工房のすぐ下を小さな川が流れています。大雨が続くと流れtの音が大きくなります。奄美地方がどうやら梅雨入り、おそらくここも梅雨の季節が始まっているのでしょう。水との縁が深く「たどり着いたらいつも雨降り そんなことの繰り返し」という歌の文句が浮かんできます。

2022年5月11日水曜日

上京

 朝ドラの話です。いよいよ主人公が上京するようです。話の年、72年の五月に本土復帰ですから、ギリギリパスポートが必要だったのでしょう。沖縄からだと、まず船で鹿児島まで渡って、そのあとは列車に乗ったと思います。安いのは鈍行か急行で大阪まで出て、夜行バスに乗るのが一番でした。昔、同じ年に東京から鹿児島に来た時と反対のコース。なんだか、あの頃のことを思い出してしまいます。お金がなくて徹夜で船の荷揚げの仕事をして手に入れた8000円を握りしめたことを。先日50年ぶりに大阪梅田にゆきました。JRの駅からバスステーションを見たのですが、周りの風景は高架橋が縦横に走り、高層ビルが立ち並んですっかり様変わりしていましたが、不思議とあの頃の姿が蘇って来ました。50年前を、朝のドラマで思い出すのも不思議な気がしています。

2022年5月10日火曜日

基礎釉

 昨日は釉薬を作りました。まずは基礎釉から始めました。我が工房のもっとも基本的な透明の釉薬です。現在は調合済みの釉薬を使っています。昔はすべて手作りしていたのですが。ところが最近、取引していた業者の九州からの撤退、価格の高騰などで、昔のように自分で作る決心をしました。全ての釉薬の元になるものですから大変重要になります。しかしいきなり壁が立ちはだかりました。最も大切な原料が湿っているのです。これでは配合するにしても正しい比率がわかりません。おまけに篩を通りません。濡れていると金網に張り付いてしまいます。重さは水分を考慮して割り増して測ってなんとか計算しましたが、篩が通らないのが困ります。最終的には水を加えて泥粧にした時に通れば良いということでやるしかないようです。大切なのは、釉薬がちゃんと溶けてくれるか。こちらはいきなりうまくゆくということはないでしょう。なんども焼きながら少しずつ調整してゆくしかありません。当分の間は、これまでの釉薬と並行してやってゆこうと思います。遠い道のりになりそうですが。