八月十五日、終戦の日です。決まって、誰それが神社を参拝したというニュースが流れます。子供のころ靖国神社の近くに住んでいました。あの頃は路面電車が走っており、都電の12番、確か「九段下」で降りるとすぐ近くでした。しかし軍人だった祖父からあの神社の話を聞いた記憶はありません、毎年、みたままつりというのが行われ、親がよく連れて行ってくれました。きれいな灯篭が並び、有名人が描いた絵や文字が心に残っています。今になるとあの戦争について、色々な思いがありますが、幼い子供の目には、深い意味など特に知りようもありませんでした。あれから数年過ぎ、社会の色々なことが理解できるようになっても、ただ流れの中でメディアの言うがまま、情報に踊らされて、気がついたら齢を重ねてここまで来てしまいました。この歳になっても、主体性のない自分という存在にはがみしております。これから先も、おそらくこんな感じで終わってゆくのだろうな、半ばあきらめに似た気持ちでいるところであります。
陶芸屋久島日記
2026年8月15日土曜日
2026年8月14日金曜日
土寄せ
サトイモの畝の土寄せの話です。本来ならば六月か七月にやるべきことなのですが、気がついたらもうお盆。遅ればせながら土寄せをはじめました。ところが土が固くて、スコップの刃が立ちません。もう手に終えなくて、つるはしを捜したのですがどこにも見つけることが出来ません。きっと、どこかに置き忘れたのでしょう。せっせと水撒きをしてもこの暑さ。サトイモは半分枯れかかっています。もうお手上げ状態です。何とかならないものかと思案中です。良い方法が見つかるとよいのですが。
2026年8月13日木曜日
墓掃除
朝、墓の掃除に行きました。盆と正月の二回です。という事は半年ぶり。前回花瓶に生けたドラセナがしっかり根を生やしておりました。あの時プランターに植えた前のドラセナもちゃんと生きております。周りの人のお墓にもドラセナが生えています。前回隣に新しいお墓が作られていました。そのお墓が知人のものと今朝知りました。同じ歳で一緒のソフトボールチームの人と初めて知りました。てことは、もし私が死んだら隣になるという事です。不思議な縁だと思いました。墓石は業者さんに頼むとほとんどが中国産。せめて屋久島の石でとお願いしたところ自然な形の島で採取した石を使ってくれました。墓標は自分で書きました。少し鉄分が所々に入っており、さびが流れて風情があります。折角この島で死んでゆくならこの島の墓石の下に入りたいと願ったためですが。東京からこの島にきてやがて五十五年。文字通り、島人として死んでゆくのだなと実感いたしました。
2026年8月12日水曜日
検診
朝から 、病院へ行ってきました。定期検診です。どこも悪いところがないので、終始米粉パン話でした。先生もすっかりパンにはまってしまったようです。うまくゆかないという話。ういろう状態になってしまうという。独自でいろいろと調べてたどり着いた材料で。こちらも現在の状況を話しました。それぞれの立ち位置が違うので、お互いの状況把握まで。今度一度私の作ったパンを食べてくださいという事で診察室を後にしました。おかしいですね。全然立場も生活環境も違ったもの同士が食べ物の話で盛り上がるなんて。看護師さんが時々のぞきに来て、怪訝そうな顔をしていました。
2026年8月11日火曜日
打ち上げ
今朝、まだ暗い時間、台風で飛ばされたネットをハウスにかぶせる作業をしていたら、突然大地を揺るがすような音が響きました。何事かと見まわしましたが特別変化なし。まるでキツネにつままれた気分でした。後から知ったことですが、その時ロケットが上がったようでした。無事成功。人工衛星も軌道に乗った模様です。丸い月が西の空に輝いて、満天の星空でした。わかっていれば、さぞやきれいな打ち上げが見れたのに。そういえばあの時誰かが前の道を上がっていたなあと思い出しました。おそらくあの瞬間を待っていた人でしょう。これが平和への道につながってくれるとよいのにと思っております。
2026年8月10日月曜日
石膏
早朝、強い雨が降っていたので、工房で石膏型を作りました。長方形の皿を造るためです。いつもは平らに伸ばした後、裏に粘土の紐を作り置いて、ヘリを持ち上げるのですが、どうしても形が揃わなくなります。そこで型で立ち上がりをそろえることにしました。過去最も大きな長方皿の型になります。使う石膏も多く、新しい石膏でないとうまく造ることが出来ません。幸い泣いてない石膏がありますので。(泣くというのは湿気てしまう事を言うようです。)限られた時間で大きな型を作るのは難しいものです。大胆かつ繊細に。一か所、どうしても気に入らないところが出来たのですが、油粘土で盛り上げて何とか事なきを得ることが出来ました。結果。午後から実際にお皿を造ってみてまあまあ予定通りの、形にすることが出来ました。型があると次の制作の能率が違ってきます。もし同じような注文が入っても、楽になると思います。
2026年8月9日日曜日
八九
今日は八月の九日。八と九で語呂合わせで屋久の日と勝手に名を付けました。屋久は焼くとも書けますから、大切な日となります。体験工房をきれいに掃除して、ろくろの回りも片づけました。午前中に何やら放送が流れたので、何かなと聞き耳を立てると、黙禱のサイレンが流れましなりました。今までは黙祷などしたことはなかったのですが、今日は妙に素直な気持ちになっていて、つい目をつぶって思いをはせてしまいました。遥か昔、まだこの世に生を受ける前、どんな悲惨なことが起きたのか。空しい気持ちになりました。そして、現在、世界中で起きていること。あの時代には考えられなかったドローンを使っての戦争。人間という生き物の、さが」(性)。きっとこの地球が滅亡するまで、収まることはないのでしょうか。