また寒さが戻ってきました。東京では雪とか。春はまだまだでしょうか。明日は、衆議院選挙の投票日。結果が気になります。世界の情勢が不安定ですから。そんな雨の中、今朝も庭で草取りをしました。少し先が見えてきたような気がします。後、一か月も頑張ればなんとかなりそうです。先は長いのですが、そのうち、汗ばむ季節がやってきます。
陶芸屋久島日記
2026年2月7日土曜日
2026年2月6日金曜日
ミニ系
近頃よく注文が入ります。何故か、細かいものの。苔玉を置くために豆皿とか箸置きとか。それも数仕事。ようやく結婚式の引き出物が終わったのに。「今年はそんな仕事が多いね」というのは息子。大体こういう、ちっちゃな仕事はこっちが担当。当分、数仕事で、頑張ろうと思っています。
2026年2月5日木曜日
春
今朝は、昨日までとは違って、空気がキリっとした感じがありませんでした。庭で草を取っていたら、アジサイが顔を出しました。草に覆われていたので気が付かなかったのですが。蕾が膨らんでいました。枝先には去年の枯れた花。しかし、すぐ下には蕾。枝を切ってしまうにはかわいそうなので、枯れた花をそっと切ってあげました。ほんのり白み始めた空を虫が飛んでいます。冬を越して元気に春を望んでいたのでしょうか。立春を過ぎて、そろそろお目覚めの季節です。
2026年2月4日水曜日
草
一か月ほど、朝の暗い時間にヘッドライトを付けて草取りをした結果ある程度の結論が出ました。草をもって草を制す。色々な花を植えてきましたが、ことごとく枯れてしまいました。こうなれば、庭を変えるしかありません。丈夫な草を育てて、サースの浸食を止める。サースという植物の本性が最近見えてきた気がします。擬態を使う。木の脇に育ったサースは、自分を木のように変化させます。そして、周りの植物を枯れさせて葬る。色々な植物を、そうやって征服してきたのでしょう。人間は動物です。足があって移動が出来ます。サースがいくら頑張っても、自由に動き回ることはできません。そこで、動物である人間は知恵と移動する能力を使って、大地に挑むことが出来ます。明日からも、まだまだ戦いは続きます。
2026年2月3日火曜日
節分
気が付くと節分です。カミさんは、家に小さなお雛様を飾ったそうです。庭の草取りも始めたようです。こっちは今日も朝から家の下の段で草取り。今年は三日から始めましたので今日で一か月が経ちます。二年にわたり、放っておいたので足を踏み入れることが出来ませんでした。何年にわたり、毎年花を咲かせてくれていたサツマ野菊もいつの間にか消えてしまいました。シモツケも枯れてしまったようです。なまじっか、肥料をやったりしたので、サースの勢いがついて、ほかの植物たちの光合成を阻害してしまったようです。二年間にわたり、膝と腰を痛めてしまい、外仕事が出来なくなりました。まだ完全ではありませんが、何とか動けるようになりました。ところが気が付けば頑張りがきかない歳。こんな風に少しずつ、自然に帰ってゆくのかなあと、最近はあきらめの境地です。でも生きてる限りは前を向いて。何とかあらがってゆきたいと思っております。
2026年2月2日月曜日
定めⅣ
定めの話も今日まで。最後に、大好きなあざみの歌の歌詞を書きます。「山には山の愁いあり 海には海の哀しみや まして心の花園に 咲きしあざみの花なれば」。「愛しき花よ 汝はあざみ 心の花よ 汝はあざみ 定めの道は 果てなくも 香れよせめて わが胸で」。 定めの道なのであります。
2026年2月1日日曜日
さだめⅢ
職業にもさだめはあるのでしょうか。最近須恵器が気になって、本を見ていたのですが、母方の姓がスエキ。須恵器を焼いた人たちは集団で過ごしていたと書かれていました。まさに、我が母方の一族と関係がありそう。母の兄は水道屋を営んでいました。地面を掘る仕事です。昔、島で土探しをしていた頃、植物を研究していた友人が、木の枝を見上げてばかりいました。こっちは地面ばかりに気になって、足元ばかり見ていたのを思い出します。人それぞれ、気の向く方向が違っていたのがおかしかったのです。職業病というべきか、興味の対象というべきか。人それぞれです。島でほぼ一年間粘土探しに明け暮れたことが懐かしく思い出されます。