2026年8月22日土曜日

 この島に関わるニュースで、同じ集落に住む方が行方不明というのを知って、心配しておりました。その方が山でお亡くなりになっていたそうです。蛇の口の滝近くの沢とか。あの滝には大昔、行こうとしたことがありまし。結局道がわからず途中で断念したのですが。わかりずらいようです。以前読んだある絵描きさんの画文集にもその道の事が書かれていました。途中で川を渡るところがあり、増水すると泳がないと渡れないようでした。危険を認識しておられたのか、軽いハイキングと考えておられたのか。屋久島の山は時折牙をむくことがあるようです。今回の事の詳しい事情は分かりません。海で山でお亡くなりになる人の多い事。残念でなりません。

2026年8月21日金曜日

生米パン

 米粉のパンで色々悩んでいたら、なんと米からパンを焼く、しかも材料を計ることなく。いやあ、色々な人がいるものです。使う材料は米粉パンとほぼ同じ。ただ水につけて米をふやかした後、ミキサーでドロドロにするというもの。ですからホームベーカリーで作る事は出来ません。ホームベーカリーは練る混ぜる、発酵する焼くというのが仕事。そうしたら生地迄作って、ホームベーカリーで焼いてる人もおりました。挑戦者は尽きることがありません。どこまでやったらよいのやら。しかも玄米でパンを焼いたり、コメと大麦オートミールを混ぜてみたり、ますます広がってゆきます。パンなのかご飯なのかお菓子なのか、わけがわからなくなってきました。最近のお気に入りは、クレープとロールケーキ。そうそう、先日はケンタッキー・フライド・チキンを作りました。近くピザを焼いてみようかな。

2026年8月20日木曜日

看護師

 拝読した本の著者も看護師さんで、昨日、たまたま工房にきてくれた人も看護師さん。昔かなり足繁く陶芸体験にきてくれた人。島で働くうちに出会いがあって現在では住人となったようです。そういう人ってかなり多いみたい。以前骨折して入院した時、何人か、懐かしい顔を見ました。かくいう私も職業は違いますがこの島にきて五十年余り。気がついたら住人になっております。看護師という職業は具合の良くない人を助けるのが仕事。だから、島の人とのつながりも強いようです。中には生活そのものに食い込んで接触するということも。信頼関係が強くなるのも理解できます。そのうちに嫁にきてほしい、なんてことも。

2026年8月19日水曜日

 昨日、本を持ってきてくれました。ご家族で五年の間、世界を旅した話をまとめた本です。アメリカからアフリカ、それからアジアを回ってきた記録。余り旅をしないものとして、新鮮な印象です。と同時に昔のことを思い出しました。息子と二人インドへ行った時の事。カミさんとベトナムを歩いた思い出。屋久島での暮らしも、ある意味、旅のようなものともいう事が出来そうです。今も続いている旅。今日、米粉のパンを作るのも旅。今朝、ピーマンとナスを収穫したのも旅。日々の出来事。今朝、空を見上げて星を眺めたこと。今日、一日釉薬を作り、作品にかけたのも。こんなことを言うと叱られそうです。

2026年8月18日火曜日

爪痕

 この前の台風。今頃、じわじわと爪痕が顕われてきました。昨日、息子が裏の倉庫の屋根が飛ばされていることを発見しました。それと雨どい。工房の入口のところが持ってかれてしまいました。ハウスの覆い。遮光ネットもどこかに飛ばされてしまいました。畑の物置の屋根もなくなってしまい。農作物は毎日のように被害が見つかります。大きな台風だったからでは済ますことが出来ません。油断でした。遠く離れていたので。備えあれば患いなし。その言葉が浮かんできます。

2026年8月17日月曜日

盆休み

 夏の里帰りも終わり、今日孫たちは福岡へと帰ってゆきました。あっという間でした。ダイニングテーブルで、端っこから定位置に戻ることが出来ます。ですがずっと端っこにいたいという気持ちでもあります。孫たちには責任がない分気楽に接することが出来ます。大きくなったねえというのが決まり文句。お兄ちゃんはサッカー、妹はダンスを習っているようです。ちなみにかみさんはスワローズの応援に嵌っています。それぞれが好きなことを見つける。なんて素敵なことでしょう。私は米粉のパン作りと畑で過ごす時間が目下のところの愉しみです。

目標

 孫たちが、米粉のパンを美味しいと言って食べてくれました。こんなにいい顔で食べてくれるのか、と感じました。そこで次なる目標に挑戦することにしました。ここまでは、ホームベーカリーで焼いていたのですが、これから始めるのは工房で出来るだけ手作業で米粉のパンを焼くことです。そのためには出来るだけシンプルな手順を考える必要があります。焼く道具は無水鍋。粉は手でこねる。発酵が難しいので、発酵器を手に入れました。そしてその先があります。米粉ではなく、普段食べている米を自分で粉にしてパンにする。あとは、玄米で作る、です。昔、子供のころ、よく家の前を「玄米パンのほやほやー」という声が聞こえてきました。最終目標は自分で育てた米をパンにする、というものです。現在畑として使っているところは、昔、田んぼでした。畑を田んぼに戻すのは簡単にはゆかないと思いますが、陸稲という手があります。いわゆるおかぼ。これなら畑で育てられます。たとえ、育てたとしても米にすることが出来るのか。昔お世話になっていた農家さんが、変わった人で、手作業で脱穀するのを手伝った経験があります。干した稲を足踏み式の脱穀機で落としていました。原始的ではありますが。今の時代は、コンバインという機械が畑でいきなりそこまでやってくれます。まさかあの時の経験がここにきて生かせとは。ワクワクします。もちろん、無農薬栽培です。果たして、やり遂げることが可能でしょうか。どうか、この先も、寿命に恵まれますように。