山の話です。いわゆる登山。入った美術系の大学が八王子の山の中にありました。出来てからわずか三年目。バスで延々と山を分け入るようなところ。一本乗り遅れると、とんでもない距離を歩いて上るかタクシーを乗り合わせるしかありませんでした。そこに登山靴を履いて通ったものです。ある時山岳部から入部の誘いがかかりました。別に山好きというわけでもなく、そのころ新田次郎という作家が書いた「孤高の人」という小説に影響を受けただけでした。その小説は加藤文太郎という単独行で山を歩いた一人の男の生きざまを描いた物語でした。大学に入学したものの今一つ学校に馴染めず、校舎の裏山から高尾山や陣馬高原方面へと歩き回るのがいつもの事でした。山岳部には入部したものの、団体で動くのが苦手な性格でだんだん遠ざかるようになりました。そんなころに神奈川の鎌倉にあった国立近代美術館の別館でエドワルド ムンクの展示に出会い、大学からも段々と足が遠のいて、日雇い仕事をしては酒を呑んで、表現主義的な絵にのめりこんでゆきました。そのあとカメラを持って街を歩き回ったり、京橋にあったフィルムセンターに通って昔の映画ばかり見るようになりました。何か自分らしい表現を模索していたのでしょう。そんなころ、偶然屋久島で仕事の話が湧いてきて、登山靴をザックに詰め込んで屋久島にやってきました。あれから、色々なことがあって、土を求めて山を歩き回りました。手にはスコップと土嚢袋。川に入ったり地図を片手に山を歩いたり。昔は川の護岸工事もあまりなく、山も持ち主がはっきりしてなくて、割と土の採取もしやすかったと思います。今は勝手に誰かの持ち山を掘ったりすると問題を生じますが。ヤマのほとんどは集落が持っていたり、集団で管理していたところが多かったのでしょう。今は世界遺産に登録されて管理がすっかり厳しくなってしまいました。懐かしいような、大昔の話です。