2026年1月30日金曜日

さだめ

 人の暮らしには、定めのようなものがあるのでしょうか。そもそも屋久島で暮らすことになったのも定めのようなもの。今では思い出せないのですが、なぜか屋久島のある会社。島でパイナップルを育てようとしていた。その本社が東京の四谷にありました。何故四谷にいたのかは、思い出せないのですが、子供のころそこで暮らしていたのです。夏の間、どこか遠い所へ行ってみたいなと思って、偶然拾った新聞に、アルバイト募集の広告を見つけました。早速電話したところ、もう締め切ったとのこと。偶然近くだったので、話だけでもと言って事務所に押しかけました。それがそもそもの始まりでした。そして、そこに偶然会社の社長さんがいて、今度屋久島で焼き物造りを始めると聞かせてくれました。こっちが絵の勉強をしているという話をしたら、もしよかったら手伝わないかという事になりました。そんなことがきっかけで、屋久島に足を運ぶことになったのです。