2025年3月2日日曜日

春

 急に暖かくなりました。もう嫌な蚊が飛んできました。これからまた蚊取り線香の季節が来ます。今日は日曜日。でもやりたいことが一杯。頑張ったのですが半分こなすのがやっと。まあ、満足感はありますが。先ほども書きましたが夕方蚊が飛んできて、ヤスデ迄現われて、そんな季節になったのかあというのが感慨。これからは汗をかきかきせっせと作業をこなしてゆきたいものです。

2025年3月1日土曜日

春

 急に暖かくなりました。春到来。しかし、それに伴い、嫌な蚊の季節にもなります。屋久島は自然が豊か。それだけ虫も多く生存していますが。今年は少しずつですが畑仕事を再開しようと思っています。物価も高くなっていますし、何よりも自分たちが食べるものは自分で育てる。それって生きる基本ではないかと思うのです。食べるモノ、使うもの、そしていきる糧、何とか自立できるよう進めてゆきたいものです。

2025年2月28日金曜日

原点

 一輪挿しを作り始めました。我が原点と言ってもよい器。道を見失ったり、迷ってしまったときにいったん後戻りするのが一輪挿しです。今回はというと別になんという事はなく。息子から少し作ってよというリクエストに応えて。本当は粉引の五寸皿を造る予定でしたが。リクエストに応えて。でも、実はちょっと問題も抱えていたのです。昨日から心配事が起きてしまいました。新しく買った血圧計を家で使ったところびっくりするような高い数値。ははあ、これを心配して病院の医師も次はいろいろ検査をすることにしたのだなとわかりました。こっちもちょっと絶望的な気分。昨日はアルコールもやめて早々と布団に潜り込んでしまいました。夜中に浮かんだ言葉。親鸞聖人が言った。「明日あると思う心の仇桜 夜半に嵐のたとえもあるぞ」でした。人の命だって同じこと。永遠の命などありません。今この瞬間を大切に生きねばと思うのです。今日わが陶芸の原点に戻れたという事は、きっと意味があるのだと思います。

2025年2月27日木曜日

豆皿

 昨日は削り。今日またろくろで挽きました。青釉の豆皿を。縁を波打たせて。こういう作業をするとき蹴ろくろは便利だなあと思います。手と足が連動するって。注文いただいた数よりもたくさん挽きました。最近青ばかりでなく粉引の白も人気があります。下地を黒く染めると上の白が際立つ気がします。昔油絵を描いていた時下塗りが大切なことを学びました。今になってその頃の経験が役立つとは。まさに昔取った杵柄という事でしょうか。ちょっと違う気もしますが。

2025年2月26日水曜日

おでかけ

 昨日は病院、今日は免許証の受け取りと棚卸で二日連続のお出かけ。昨日の病院はなぜか血圧が高くて、三か月後はあっちこっち検査をすることになりました。なんだか暗い気持ち。帰り道、元気をつけるために雨ニモマケズをずっと暗誦していました。大きな声を出して。まるでお経を唱えるように。今日は警察署の後にお土産屋さんとホテルの売店へ。気が付けば今年も二か月が過ぎようとしています。今日、くるまの中で思ったのですが雨ニモマケズの後に注文の多い料理店のオブジェに挑戦しようと。童話に中ではイギリスの山の中に突然現れた西洋料理店という設定でしたが、舞台を日本の山の中、山猫軒というあるじが険悪な表情のネコ。レストランんは木造の西洋建築でゆこうと考えています。以前何かの童話の本で見たような感じ。以前狼のオブジェを作ったことがありましたがその顔を山猫という設定にして。果たしてどんなものが出来るやら。そのあとは童話シリーズでいろいろなオブジェを造ろうかと。車での帰り道。ふと道沿いに西洋風の街灯が並んでいるのを発見しました。あの街灯も造れないものかと思案しております。

2025年2月25日火曜日

欲望

 雨ニモマケズの中に「欲はなく決して怒らずいつも静かに笑っている」。というのがありますが。この歳になって欲張りでしょっちゅう怒り、人にかみついている我が身を振り返ると、なんとも絶望的な気持ちになります。でも、ひょっとして、そんな風に出来なくて賢治もあの文章に残したのでしょうか。人とは悲しいもの。あらゆる欲望を捨てて、仏様のように顔には出さず淡々と生きることが出来る人間なんて果たしているのでしょうか。振り返って誰かいたかなあと思い起こすと、一人頭に浮かんできました。彼は東京で警視総監をやっていた人の息子。確か、大昔小包が爆発して母親を失っていたと思います。今頃どこでどうしているものか、確か剣道が強かった気がします。

2025年2月24日月曜日

寒波

 この冬一番の寒さ。作業する手が凍えます。ここを乗り越えれば春が来そうです。なんか、憂鬱な気分ですねえ。ここのところあまり良いニュースがありませんし。ただ、雨ニモマケズの方は少しずつ進んでいます。昨日は夜中にずっと朗読を聞いていました。それに春と修羅の詩も。「俺は一人の修羅なのだ」という言葉が頭をぐるぐる。そう、現世は修羅道、真っただ中。色々あるのも修業です。