昨日横浜の友人から和菓子が届きました。季節を彩る秋のお菓子。その紅葉を現わす見事な造形に思わず目を奪われました。繊細な味わいも。日本の菓子職人の伝統技のすばらしさ。同じ伝統的な職人として敬意を表したいと思います。日本の各地には長く受け継がれてきた技が現在も生き続けています。そんな中の一角を陶器づくりという仕事でになわせてもらっていることに改めて感謝したいと思います。
2025年10月31日金曜日
2025年10月30日木曜日
草取り
だいぶ涼しくなり、腰も良くなってきました。そこで、工房の庭の草取りをしてみました。今年は生え放題、草に覆われていましたから。いくつか置いてあったオブジェも何とか顔を出してくれました。ここまで荒れたことはなかったので、少しホッとしています。家もそうですが庭もメンテナンスが大切。放っておくと、全てが崩壊してゆきます。せめて生きてる間だけは、そこそこ手を入れてゆきたいものです。
2025年10月29日水曜日
雑用日
息子に言わせると器を造っているだけが仕事ではないと。そこで今日はそんな日。化粧を作り足したり、素焼きの窯出しをしたり、荷物を作ったり、急須の化粧を掛けたり。いったい何をしてたのか。一生懸命体を動かしていたのですがやったあという感じがしません。かといってゴロゴロしてたのでもありません。まあ、たまっていた雑用を整理したと言えそうです。そんな日もあり。明日からまた制作三昧に戻ることが出来そうです。
2025年10月28日火曜日
急がば回れ
急須をやり直すことにしました。注ぎ口を型で造ろうと試みたのですが気に入った形にならず、水の出も悪そうなのですべて壊してろくろで挽きなおしました。茶こしも細かい土に変えました。どうしても穴が割れてしまうので。これで遠回りすることになりますが。しかし案外やってみると順調で気が付けば今日中にすべて完了しました。あれこれ迷った結果いつもの方法で何とか納得する出来になりました。今回はえらく迷った挙句、うろうろして何とか帰ってきました。まるで童話、青い鳥のようです。
2025年10月27日月曜日
秋止符
今朝、谷村さんの秋止符を聞いてました。「あの夏の日がなかったら楽しい日々が続いたのに、今年の秋はいつもの秋よりも長くなりそうな気がして・・・。」急に秋めいてくるとこんな歌が身に沁みます。今日は棚卸しに出掛けました。途中で交通事故に遭遇しました。道の脇に人が倒れていました。そんなのを目撃してしまうと、ショックでした。そしてとあるショッピングセンターで古い友人に出会いました。これまた、ご近所に住んでおられた方の噂。そちらはご夫婦ともに他界されているとの頃。同世代ゆえに言葉がありません。そういう歳だという事を実感しました。夫婦ともに元気でいることに感謝。まして現役で体が動いていることにも。ホームセンターでは建築に使う金具を買いました。車を買い替えるのに備えて、車庫を作るための。おそらく最後の車でしょう。大切に乗りたいものと思っています。
2025年10月26日日曜日
魔物
ロケット打ち上げには魔物が住んでいるというのはH3で失敗が続いていた時の話。今朝何事もなかったように無事に上がりました。急須づくり。昨日ひっくり返して壊してから、今日も続きをしたのですが、普通に出来ていたことが全くできなくなってしまいました。大苦戦。陶芸には魔物が住んでいるようです。いったん上手くゆかないとそのあとどんどん、ドツボにはまってゆきます。悪循環というか、逆風が吹くというか、やることなすこと上手くゆきません。どうしたら、元のペースに戻すことが出来るのでしょうか。
2025年10月25日土曜日
詰め
ほんとう嫌になります。詰めが甘くて。急須づくり。最後の最後に全てひっくり返してここ数日の仕事がパー。詰めが甘いと同時に諦めが悪い。だから、また作り出しました。ネバーギブアップ。性分でしょうか、またしこしこ作っています。失敗しても決してあきらめない。これもどうしようもないしつこい性格です。
2025年10月24日金曜日
秋の空
変わりやすいとは言いますが、どんな天気になるか、なってみないと全くわかりません。今朝も散歩に出たときは、青空でしたが、急に降りだして、海も大時化。結局船も欠航です。もう訳が分かりません。ちょっと場所が変わると陽が差したり大雨だったり。まさに、何とか心と秋の空です。こっちは、急須の口を型取りして、ボディーをろくろで挽いて、釉薬を作ったり、雑用のオンパレード。今日のお客様は雨でゆくところがないという人ばかり。時間つぶしのお相手でした。
2025年10月23日木曜日
もの思う
急に秋になりました。さしも続いた雨も、突然に上がり、午後から急に陽が差してきました。気温も下がって秋っぽくなりました。「秋深し隣は何をする人ぞ」芭蕉の晩年の句。「旅に病んで夢は荒れ野を駆け巡り」。なんだか物悲しくなります。今日はティーポットの注ぎ口の型を作りました。先日鹿児島で見た藤田嗣二の絵からヒントをもらいました。ステンレス製の茶こしはやめます。なんとなく馴染めません。そこで、気に入った雰囲気でゆこうと思います。モノ造りの最後は、わがままを言わせてもらうと、好き嫌いになると思います。好きこそ大切だと思います。
2025年10月22日水曜日
秋雨
雨です。警報が出ています。海も大しけ。したがって船も欠航。今日も朝早くから作業。散歩もお休み。ちょっと頑張りすぎて腰がまた痛くなりました。無理は禁物、とはわかりながら性分でしょうかねえ。ついついやり過ぎてしまいます。こればっかりは死ぬまで変わらないようです。そんな悪天候の中。今日もお客様が来てくれました。買ってくれてうれしいのですが支払の対応が難しい。カードだったり。QRコードだったりと。動画で、中国の屋台店もどこでも支払は電子決済のようです。あの人たち、間違えずにできるのでしょうか。わたくしは今日も間違えて恥ずかしい思いをいたしました。
2025年10月21日火曜日
朝仕事
今日は三時起きで仕事をしました。ちょっと、やらなきゃならない仕事がありましたので。さすがに夕方になると、体が動かなくなりました。体だけではなく、頭も、ボーボーになって役に立たなくなりました。若い頃には二徹なんてなんでもなかったのですが。年は取りたくないものです。無理がきかなくなりました。今日は早く布団に潜り込みたいと思っています。
2025年10月20日月曜日
嗣治
昨日の続きです。フジタの白。肌の色です。長い間なぞだったようですが、それは彼が誰にも教えなかったからです。乳白色の肌色。のちに分かったことですがどうやらベビーパウダー。日本製のシッカロールを絵の具に混ぜていたようです。シッカロールの原料はタルク。いわゆるタルカムパウダーらしいという推測がなされました。実は屋久島とも関係があります。タルクは日本語では滑石と書きます。遥か昔にこの島で焼かれていた縄文土器。一湊式土器と呼ばれたこの島独特の土器です。別称曽畑式土器と呼ばれていた土器は北九州に多く発見されています。その特徴はタルクを含むという事。屋久島にタルクが取れるという記録はありませんが一湊というところではカオリンが取れました。それも大変純度が高い白い粘土。1400度でも焼締まらない。昔からカオリンはおしろいとか化粧品の原料に使われていました。もしかしたらあのカオリンにはタルクが含まれていたのかもしれません。まだ、化学的に実証されたわけではありませんからあくまで推測にすぎませんが。しかし、そう思うとなんだかロマンを感じてしまいます。我が仕事焼き物造りと嗣治との。人はどこか見えない糸でつながっているのかもしれません。何故彼の作品が我が心を打つのか。実はもう一つ縁を感じさせる話があるのですがそれについてはいずれまた。
2025年10月19日日曜日
fujita
昨日、鹿児島で藤田嗣二展を見てきました。まず感じたのは空いていたという事。人が少ない、ガラガラ。おかげでゆっくり見ることが出来ました。小品が多く展示作品もあまり多くありません。が、小さい作品は作者の生の感性がより明確に反映していて興味をそそられました。それに晩年の作品。戦後、フランスに帰化した後の、隠遁生活の様な気楽な暮らしから生まれた作品、例えば子供たちを描いた仕事シリーズの様な、私が最近気になっている、デッサンから離れた子供たちを頭の中で自由に動かせた生き生きした表現が目を惹きました。それとネコ。彼の絵に登場するネコちゃんが威厳がありつつ人に寄り添う。そんな雰囲気に惹かれました。若い頃から浮名を流して何人もの女性との、共同制作だったりモデルさんとの交情だったりに、あの時代に異国で生きた画家の孤独と情熱が伝わってきました。そんな中、最後に娶ったのが日本人の女性であったことにもなるほどという気持ちになりました。エコールドパリと呼ばれた印象派以後の自由な時代、モディリアニやピカソ、スーチン、といった作家との交友にも、そして鹿児島出身の海老原喜之助、東郷青児、などの若い頃の作品にも目を惹かれました。久しぶりに、刺激を受けることになりました。時代は違えど表現の場も変わっても、物を表すことの面白さに大いに刺激を受けて帰ってきました。
2025年10月17日金曜日
ムカデ
2025年10月16日木曜日
浮世
長い間、島で暮らしていると、世間に疎くなって、浮世離れしてしまいます。それでも世はネット時代。そくざに遠いところで起きていることもニュースで飛び込んできます。だから、世界中からの、いろいろな情報があふれてしまいます。ただ、電気もなく水道もない時代も長かったので、まるで浦島太郎のような時期もありました。空けてビックリ玉手箱状態。現在は程よい、いや、若干ネット依存症気味かもしれません。最近、定期的に鹿児島に上るようになると、鹿児島があまりにも変わらないので、びっくりすることがありますそれはおそらく東京で暮らしていても同じかもしれません。自分が必要な知識を収集すること。どこで暮らしても、おそらくその行動が大切だと思っています。
2025年10月14日火曜日
問い合わせ
もう、年末年始の営業について問い合わせが来ました。ちょっと早いなと思いましたが、考えてみたら残りも二か月余り。そんな時期なのでしょう。返答は、三十日から五日までは体験はお休み。店の方はほぼ通年営業という事になりました。今年は元旦から体験をやって、お客様と話に齟齬。年始早々あまり良くないスタートでした。そこで今年は少しですがゆっくりしたいと思っています。もうあまり頑張るのはやめてゆとりをもって過ごしてゆきたいと思っております。
2025年10月13日月曜日
暑秋
やばい暑さです。今日来てくれたお客様。いつもこんなに暑いのですかと聞かれました。スイスからでした。むこうを出た時の気温は一度とか。ここはおそらく三十度越え。その落差にあきれている様子でした。今年は特別ですと返事しましたが。台風がもたらしたものでしょうか。なんにせよ、この暑さ。何とか、しのがないと。負けてしまいそうです。
2025年10月12日日曜日
車庫
ガレージを作ろうと思っています。前回はコロナが流行った時作りました。あれから何年たったのでしょうか。もう、生きてる間に大きなものは造らないと思ってたのですが。急に車を買い替えたいと思うようになりました。娘たち家族が島に帰省した時、今ある軽自動車では小さすぎることに気が付きました。そこで普通車に変えようと思ったのです。雨ざらしにしたくないので、簡単な車庫を作ろうと考えています。今あるガレージを利用して。何とか年末までに。おそらくこれが我が人生最後の大物づくりになるでしょう。
2025年10月11日土曜日
やきものⅢ
焼き物造りにおいて最も新しいテクノロジーは電気でしょうか。いわゆる電気窯。それの普及で個人で焼き物造りをすることが普及しました。一昔前だと、どこかの窯元で勉強するか、作家さんの元で学ぶか、産地にある指導所で基礎を身につけるか、あるいは学校に通うか、そのような道に限られておりました。ところが現在ではユーチューブで見て得た知識の元で、電気窯を買って通販で材料を取り寄せれば簡単に陶器を焼くことが出来るようになりました。今ではネットで調べれば大抵の技術が身に着けられるようになりました。ただし、あくまでもとりあえずという事になるのでしょう。より深く技を極めるためには長い時間をかけて、経験を積まなければなりません。一つの道で生活してゆくとなると、並大抵のことではなりません。まあ、それはあらゆる道でも同じと言えそうですが。たとえば表現活動として、絵を描いたり、立体を造形したり、音楽活動だったり、おそらく共通しているものでしょう。だからこそ、より深い研究と知識経験が必要なのだと思います。それよりも必要なのは運。時代にゆとりがないと表現活動に対する、支出がなくなってしまいます。まさに現在の日本の状況です。おそらく、創造的な活動をする力がそがれてしまったというのが現実でしょう。仮にそのことを運と呼べるのならば、運がなかったというほかないのかもしれません。世の中が少しでも活性化して、経済活動が元気になる事を望まずにいられません。
2025年10月10日金曜日
やきものⅡ
マグマの力でいったん溶けたマントルが冷えて岩石になり、それが自然の力によって風化してやがて粘土が生まれます。その粘土を形にして再び熱を加えて溶かした後に冷え固まらせたものがやきものです。ですから、焼き物とは自然が作り出した作業を再度たどった結果生まれたのもという事が出来ます。ただ、おおもとの地球は何によって作られたのかというと、太陽のエネルギーという事になります。この地上に存在するすべての物は太陽のエネルギーと言っても間違いないと思います。たとえば植物は炭酸ガスと酸素の力で生育しています。それを取り込んで生きているのが動物です。我々がエネルギーの源としている薪、ガス、石油も元をたどると植物です。植物が太陽のエネルギーで炭化して燃料が生まれます。新しいエネルギーとして現在研究が進んでいる核融合にしても、太陽のエネルギーと同じ原理を人類が作り出そうとしているものです。現在人類は化石燃料をはじめとして原子力エネルギーも再生可能エネルギーと呼ばれる太陽光や風力も含めてあらゆる電力の元をたどると太陽由来です。焼き物造りも薪に始まり石炭、石油、ガス、電気と変遷してきましたが太陽エネルギー由来に変わりありません。我々の暮らしでも生活の基盤は変わってきました。昔は囲炉裏で炭や薪を用いて馬や牛の力を借りていたのものでした。わたくしが屋久島に初めて来たグ十年前と比べるとすべてが大きく変わったと言えると思います。人間のテクノロジーは日進月歩しております。焼き物造りも変わりつつあると言ってもよいでしょう。
2025年10月9日木曜日
やきもの
古い雑誌で、焼き物造りを特集したものがあります。陶芸家たちが制作について、焼き物造りについて、それぞれの思いを著していました。その本は、悩んだとき、迷ったときに開いて読むと、示唆に富んでヒントをもらう事が出来るものでした。中の一人。自分の原点ともいえることを教えてくれる方がおりました。彼は焼き物という概念の根底を示唆してくれました。それは五大自然との一体化。その五大自然とは何か。地球のマグマ。風。雨。植物。自然の輪廻、というものです。それを読んだとき、雷に打たれたような気持ちになりました。焼き物の成り立ちを教えられて。ところが最近ちょっと違うのではないのかという疑問が湧いてきました。それは何か。エネルギーの元がどこから生まれてくるのかという事です。それは太陽の恩恵ではという事。この地球、もっと言うと宇宙が何によって成り立っているのかという事です。
2025年10月8日水曜日
芙蓉
芙蓉の花、ピンクの花がそこかしこに。余りにもあちらこちらで咲いているので、つい見過ごしがちですが、なんとも可憐な花です。屋久島には道端に咲く可愛い花がそこかしこに。ヨメナにノギク。あるいは白くあるいは薄紫に。まだまだ暑い日が続いておりますが花を眺めると秋を感じさせてくれます。
2025年10月7日火曜日
十五夜
今朝の月。オレンジ色に輝きながら西に沈んでゆきました。十五夜明け。急に出かけることになりました。買い物に。空港近くのお店で月見大福なるものをゲット。お昼に美味しく頂きました。魚屋さんでカツオを見つけました。空港近くのスーパーでは美味しそうなモッツァレラチーズを発見。花畑牧場製と書かれていました。野菜を売っている店で、柿とトマトも見つけて、明日の晩はカプレーゼで頂こうと思います。本当はバジルも欲しいところですが。今年はわが畑は草だらけ。来年こそは野菜作りを再開。朝、近くの集落で見かけたご夫婦。畑で仲睦まじく草を取っていましたが、帰りにはすっかり野菜の種まきを済ませていました。きっと、冬に収穫する大根を育てる準備でしょう。来年こそ腰を直して畑をやるぞと心に誓っております。
2025年10月6日月曜日
オリオン
今朝の散歩、五時半ごろ家を出たら、満天の星。カミさんが指をさした先にオリオン座。そして振り返ると金星。白々と明けてくるとあっという間にオリオン座は見えなくなって、明けの明星だけが残っていました。明日は十五夜。お月見です。朝の時間には月は隠れていて、姿が見えません。昨日は大祭。島の行事は月の動きに合わせて行われるようです。孫たちが来ると、冬の空を見上げて星を眺めるのが楽しみのようです。屋久島の澄んだ空は星も月もくっきり。最近、ネットの動画でよく流れるムーンライト伝説。「月に変わってお仕置きよ」が浮かんできます。
2025年10月5日日曜日
台風22号
気になります。動きが。今朝発生した台風の。まだ進路がはっきりしませんが、太平洋上を西に進んだ後、急にUターンしそうです。まだ予想が大きく、どこを通るのか、はっきりしませんが。これまで中国方面では大きな被害が出た模様。どうか直撃だけはま逃れたいところ。自然現象なのでいかんともしがたいのですが神に祈るしかありません。どうか遠くへ逸れてくれますように。
2025年10月4日土曜日
曇り空
午後から陰ってきました。朝のうちは晴れてましたが。器の釉薬掛け。それと茶碗の化粧掛け。日々やることに変わりはありません。色々ありますが。山あり谷あり。今日は陽が差しているのに遠くで雷鳴がとどろいたり。まさに、一喜一憂。本当はそんなことを超越したいと思っていますが。人間ですから、泣いたり笑ったり。そんな中であがいてゆくのが、宿命なのでしょうか。
2025年10月3日金曜日
祖父3
祖父の思い出です。鹿児島で生まれ、東京に出てきたことは前に書きました。ちょうど幕末から維新にかけての時代。前に大河ドラマで篤姫をやっていました。あの時代、小松帯刀が薩摩藩の家老として活躍しました。あの小松帯刀の弟が祖父を養子にした曾祖父でした。家は訳ありで代々、跡取りが生まれず養子が続きました。祖父も曾祖父もそれぞれ他家から養子に入ったようです。そんなことが家には続いたようでした。なんせ、先祖をたどればかのお由良騒動の家柄。しかもお由良方についていたのが我が先祖の家柄。なかなか因縁の深い家系だったようです。
2025年10月2日木曜日
オクトーバー
気が付けば今年も残り四分の一。季節は確実に進んでいます。家の庭ではゲンノショウコが花を咲かせて、道を歩くとクズの花が散っています。昨日は急須を仕上げ、今日はお抹茶の茶碗を挽きました。夏も過ぎて少し時間にゆとりが出来て造りたいものに挑んでいます。しかし、夏の間に受けた陶芸体験の器たち、棚に置ききれないほど並んでいます。そろそろ焼いてあげないと間に合わなくなりそうです。何とか、焼き上げないと落ち着きません。どうやらゆっくり出来るのもつかの間。心が急き始めています。
2025年10月1日水曜日
四半世紀
今日のお客様。二十五年前に来ました、ここへ。とのこと。あの時はまだ学生でした。自転車で坂を上った記憶があります。あの時買った器、今でも使ってます。どちらにお住まいで、と尋ねると今は上海ですという。中国人の奥さんを連れている。昨日、山に登ってきました。帰り際、また来ますと言い残す。次に来た時はいないと思うよ、という言葉はのみ込みました。