2025年2月23日日曜日

雨ニモ

 宮沢賢治が好きです。春と修羅もいいですがなんといっても雨ニモマケズでしょうか。メンタルスケッチ モディファイド 。心象風景と名付けられた日記のような文章。そんなノートに走り書きのように書かれた短文です。自分の身の回りに置いておきたくて三島で造れないかなと考えました。逆文字で彫った印を押して浮き上がった表現。うまくできるかわかりませんが、夕方、思いついた道具を作ってみました。果たして上手くゆくかどうか。自分の楽しみのためです。少しずつ進めることが出来たらと思っております。

2025年2月22日土曜日

野暮用

 朝から小忙しい日でした。次から次とちょっとした用件が生まれてきました。そんな日もありますよねえ。何があったと特にいうようなこともないのですが仕事が手につかない。別に大した仕事があったわけでもありませんが。達成感のない一日でありました。

2025年2月21日金曜日

スワローズ

 つば九郎が亡くなりました。まだ51歳とか。心よりご冥福をお祈りいたします。もうあのくるりんぱが見られなくなるとは、淋しい限りです。球団社長に続き。何とか今年こそ、頑張ってほしいと思います。思い起こせば球団の歴史と同じ歩みをして、神宮球場からすぐ近くで育った身としては、感慨深いものがあります。あそこが改装するという噂も耳にしますが、わがスワローズに輝かしい歴史が刻まれることを願わずにいられますん。

2025年2月19日水曜日

釉薬仕事

ひらがなとカタカナを彫り終えました。ところが印鑑の原形はまだまだ山のように残ってます。どんな模様にしようかと考えていたら、人が動き出した気配。のんびりハンコを掘ってる場合じゃないことに気が付きました。週末まで置いておき明日からは釉薬仕事に入ることにします。心のゆとりがあるとき あれこれ新しいことにチャレンジしようと思ったりしたのですが、息子とやりあってしまい、立つ鳥後を濁さずといいますから出来るだけおとなしく、はいはいと言うがままに過ごそうかと思っております。昔好きだったある作家さんの事が気になって調べたところ、ほぼこの齢にお亡くなりだったという事を知りました。もうそんな歳なのですねえ。変に気張って、余計なことを考えることはやめることにしたいと思っています。

2025年2月18日火曜日

外出

 用事で出かけました。まずは役場から。後期高齢者になって医療保険の金額が上がって役場まで直接支払いに行きました。まだ現役で働いていて収入に応じて金額が変わるようです。特に屋久島は高いらしく、なかには住民票は移転せずに島で暮らす人もいるとか。国は何とか平等な制度を作ってくれないものかと思ったりも致します。今日は風が強く寒さが身に沁みます。粘土仕事をしているとどうしても服が汚れてしまい洗濯機は作業着を洗うために別に用意して使っておりました。その二層式の洗濯機が壊れたという事で新しいのを買いに行きました。ここにきてなかなか物入り。帰りには食料品も買わねばならず、お米のコーナーは品薄なうえにまた値上がりです。なんだか買い物をする意欲も薄れ、寒風吹きすさぶ中を意気消沈しての帰宅となりました。そんな中でも春の花は確実に季節の巡りを知らせてくれます。明日からも希望を持って進んでゆきたいと思っております。

2025年2月17日月曜日

続 かな印

 今日も一日印鑑の原形づくりでした。数をあたってみたらなんと700個分。百か二百ぐらいと思っていたのですが、多すぎます。だってひらがなで50、カタカナまで作っても合わせて百ほどですから。あとどんな彫りを入れたら良いのやら。皆目見当がつきません。おまけに休憩も取らずひがな手を動かし続けていました。細かい仕事には慣れているのですが。何しろ毎年小さな七福神を5000個ぐらいは造っていたのですから。ただ、行き先が見えない仕事っていうのは不安になります。どんどん乾燥してゆきますし。今週中にめどが立つことを祈っております。

2025年2月16日日曜日

かな印

 ひらがなの印を造り始めました。前に造った漢字の印が少し小さかったので一回り大きく。前回はたたらで造ったのですが今回はスラブローラーで伸ばしました。二センチぐらいにと造り始めましたが小さく切りそろえるのが大変でした。ナイフのようなもので切ろうとすると、粘土が柔らかいので変形してしまいます。一日かかって切り分けるところまで。初めは五十音ぐらいなら彫り終わるかなと思ったのですが、全然でした。これから一週間で造り終えることが出来るのか。なかなか道遠しという感じです。