一昨日は日帰りで鹿児島に行きました。まず朝の風景。種子島から見た屋久島の姿。初めて見た全貌。あんな物凄いところに暮らしていたのかというのが第一印象でした。そして馬毛島の工事現場もばっちり。何回も通るたびにキョロキョロしていたのですが、どうしてもどこが馬毛島なのかわかりませんでした。今回初めてこの目で確認することが出来ました。こんな風になっているのかと。現場のすぐ近くに見えたのは口永良部島の様な、その横には硫黄島と竹島でしょうか。硫黄島らしい姿が印象的でした。かつて俊寛が流されたという鬼海が島はあそこではないかと思ってしまいました。そしてしばらくして見えた開聞岳。規模は小さいですがまさに薩摩富士と呼ぶにふさわしい姿でした。昨日は一日窯に関わる仕事。釉薬を掛けたり作ったり。仕上げをしたりと。大昔出会った師匠の奥さんが前日の夕方お見えになったとのこと。一緒に過ごした半年に満たない時間を思い出してしまいました。若き日の思い出。絵の勉強をしていた頃、陶芸と出会ったあの時代を。確か、あの年、沖縄が日本に返還されたのです。我が師匠は沖縄に行くときはパスポートが必要で帰ってくる時には国内旅行だったという話を聞きました。まだまだ貧しく激動の時代でした。アメリカはベトナム戦争真っ盛りでした。屋久島への旅費を稼ぐために立川まで行ったことを思い出します。立川の米軍基地では死体洗い、一体一万円という雑誌の記事を読んで。しかし、実際そんな仕事は見つけられず、すごすご戻って来たのですが。東京の伊勢丹というデパートでは米軍放出品の販売会があって、そこで買った、血の付いた寝袋を抱えて屋久島に来たことなど、今は懐かしい思い出です。そして今日は土曜日で朝から米粉のパンケーキを焼いてみました、例のごとく失敗。いつになったら米粉で作ったものを美味しく食べることが出来るのでしょうか。